爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「風評被害」と「実際にある危険性」との違い

東京の新型コロナウイルス感染者数は毎日数十名ということで、もう一人一人についての報道はよほどの有名人でない限りはできないでしょうが、まだ熊本は8人目、けっこうその詳細が報道されています。

 

8人目となったのは住所不定無職という70代男性だったのですが、その居場所が問題がありました。

もはや家は無いという人物なのですが金は持っていたようで、ずっと熊本市内の温浴施設(日帰り温泉のようなものですが、24時間営業で休憩室に居続けることもできる)でした。

その施設では事実が分かった後で同室となった人に注意喚起する必要があるとしてそれを公表しました。

www.nishinippon.co.jp

ところが、その後はよくある話ですが、従業員の母親がデイサービスに通うのを断られたとか、子供が保育園に通えなくなった、従業員の夫が会社を休むように言われたということです。

これを報じた地元放送局のテレビニュースでは「風評被害」であり困ったものだとしていました。

 

ここで、ちょっと待てよと思うのが私の悪い癖。

 

従業員はすべてPCR検査を行い陰性が確認されたということですが、その検査結果が出るまでの間は当然ながら陽性である危険性も十分に考えられ、その従業員の家族も感染が疑われるのでは。

つまり、これは「風評」ではなく「実際にあり得る危険性」ではないでしょうか。

 

もちろん、検査で陰性が確認された後では、このようなことをするのはまさに「風評被害」であり、はなはだしい人権侵害で許されることではありません。

 

どうも、福島原発事故による放射能汚染問題で、多くの人権侵害事例が頻発したせいか、「風評被害」というものも槍玉にあげるのが当然視されているようです。

 

しかし、「風評」か「実際に危険性があるのか」はそう簡単に別けられるものではありません。

 

これもこちらのローカルニュースでの話ですが、少し前に阿蘇山が噴火をして火山灰を噴出したことがありました。

それが、山麓の温泉街にも降り注ぎ、そのために観光客が減った時期がありました。

これも「風評被害」と紹介していたのですが、これはまさに「現にある被害」です。

こう言っては現地の人々に申し訳ないのですが、観光旅行に行くのに火山灰が降り続けているところに行こうとはあまり思いません。

これも、放送局の報道での言葉の選択がややあいまいになっているように感じました。

 

こういった言葉の選択には、科学的な根拠も必要になりますが、そうであっても個人により判断基準は差があり、同じ状況であっても「風評」と感じる人もあれば、「実際に危険」と感じる人も出てきます。

原発事故の際の福島からはかなり離れた地域、関東地方でもそこが危険として避難する人もいましたし、その地域の農産物は大丈夫と考える人もいました。

専門家も一定の放射線強度を危険とする人もいれば大丈夫と考える人もいました。

 

今回のウイルスの場合は最初言われていたように感染力がインフルエンザより弱いわけではなく、かなり容易に感染してしまうようです。

だからこそ医者や看護師でも感染してしまう例が頻発していますので、警戒するのも当然でしょう。

とはいえ、危険が無い場合(と一般に考えられる場合)にも従業員の家族を拒絶するというのは直接人権問題となることですので、慎重に判断すべき問題です。

そこはきちんと情報収集を行ってから対処を決めるのが義務ともなります。

 

社会すべてを揺り動かすような大きな問題となってきました。

それぞれの人が真剣に行動を考える必要があるでしょう。

これは、買い出しに狂奔する人たちについても同様ですが、長くなるので触れません。