爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「女性のいない民主主義」前田健太郎著

著者の前田さんは大学で政治学の講義もされているということですが、最初に担当することとなった時に28回の講義予定のうち1回をジェンダーと政治というテーマで行おうと思い立ったそうです。

そのために色々と調べ直しているうちに、このテーマを1回だけで済ませられるのか、そして後の27回はジェンダー関係なしでできるのかと考えるようになりました。

 

ジェンダー、すなわち男女の性の違いによる差というものは、政治学で扱われるすべての分野について大きな影響を持つものです。

それは「自由主義」とか「マルクス主義」といった政治学の基底とも言える思想と同様に、政治のすべてを考え直さなければならないものだということです。

 

そこで、本書も政治学の教科書で扱われることの多いテーマ、「政治とはなにか」「民主主義とはなにか」「政策とはなにか」「政治家をどうやって選ぶか」というところを取り上げ、それぞれについてジェンダーというものがどう関わってくるのかを示していこうとしています。

 

これまで、ともすれば政治学で扱われる争点として「環境」「人権」「民族」といったテーマと並列する形で「ジェンダー」として示されてくるのが普通でしたが、実は「ジェンダー」がすべての争点の基底にあるのではないか、そういった視点に読者が気づいてほしいという書き方をされています。

 

 

政治の基本は集団の構成員が発言をして議論をしていくということですが、そこに男女の役割というものが入ってくると変質していきます。

男女が組み合わさり男が主体的に動き女はそれを支えるという価値観のある集団では、女は政治に加わることができません。

議論の参加者を男女という区分で考えた場合、女性が圧倒的に少なければ女性の参加者は男女差に関わる問題に対して発言することは難しくなります。

そのような集団では男女差問題というものは何も無かったかのように感じられることになります。

そのために、組織の男女比をある指標として捉えるということが広く行われています。

これは、「男女差」というものが直接の争点となるだけでなく、多くの争点に影を落としているということが関係してきます。

よく政治争点となっている「賃金格差」についても、非正規労働者の低賃金という制度の問題があるのは確かですが、そこには非正規の圧倒的多数が女性であると言う事実があります。

さらに言えば、これがもっと顕著だった昔には争点とはならなかったのが、非正規労働者に男性が増えてきたからこそ大きな争点となったというのも間違いありません。

「介護問題」も財政、人材などいろいろな争点がありますが、そこにはこれまでの家庭内介護従事がほとんど女性であること、現在の介護施設従業員も女性が多いこと、さらに皆低賃金であることなど、そこにもジェンダーが大きく関わってきます。

 

民主主義というものを欧米は推進してきたと言われていますが、第一次大戦に参戦する時にアメリカのウィルソン大統領が言った「世界は民主主義にとって安全にならなければならない」という、民主主義を世界に広めるのだという理想がアメリカを動かしたと言われています。

しかし、実際にはその当時はアメリカには女性参政権はありませんでした。

ウィルソンの言う「民主主義」には女性は含まれていなかったのです。

民主主義には参政権と代表となる権利が必要です。

しかし、女性参政権アメリカやイギリスでも認められたのは1920年と1918年、日本では第二次大戦後でした。

女性が議員として選ばれることもかなり遅くまでありませんでした。

ところが欧米では1980年代以降急激に女性議員が増えてきましたが日本では低いままです。

 

政策というものを決める際にも女性というものを意識するかどうかで大きく変わってきます。

日本の福祉政策では夫婦単位で考えることが長く行われてきたために、制度もそれに応じて作られています。

そのために未婚の母親や離婚した女性など、制度から落ちこぼれる人が多く問題となっています。

このような制度を問題があると捉えることも無いのが男性社会といえるでしょう。

一つ一つについて女性が意義を唱えていかなければならないのですが、それ以前に女性の声を活かすという民主体制が取れていれば改善も早いはずです。

 

「民主主義」にも2つのタイプが有り「合意型民主主義」と「多数決型民主主義」があります。

アレンド・レイプハルトという政治学者が提唱していますが、多数決型民主主義では競争的な選挙で勝ったものが政権交代をして多数派に権力を集中するもので、合意型民主主義は政党間の協力を通じて権力を分散させるシステムであるとしています。

この2つのモデルを規定するのが選挙制度にあるというのは重要です。

小選挙区制を取る国では二大政党制が有利となり、多数決民主主義となります。

比例代表制では小政党ができるため合意型に近くなります。

日本は合意型に近かったのですが、1996年の選挙制度改訂で一党優位の多数決型になってしまいました。

これをジェンダーの観点から見ると、合意型民主主義国では女性議員の割合が高いということがあります。

女性議員の比率を高めるという方策では、ジェンダー・クオータ制というものがあり、議席の一定割合を男性または女性に割り振るというものでこれを採用した国では女性議員の比率が高まります。

ただし、この制度も女性以外の性的少数者には配慮されておらず最良というわけではないようです。

 

政治というものもジェンダーという視点から見れば大きく違う像が見えるということでしょう。

 

女性のいない民主主義 (岩波新書)

女性のいない民主主義 (岩波新書)