トランプが驚異的な勢いで大統領選の共和党予備選挙を勝ち進むようになったとき、当時朝日新聞のニューヨーク特派員であった、著者の金成さんはその理由が分かりませんでした。
彼の周囲のニューヨークの人々はほとんどトランプが勝ち残るなどということを想像もできず、わけが分からないのは著者と同様でした。
そこで、著者はトランプの勢いが最初から強かった地方の取材に行くことにします。
その地域とは、オハイオ州やミシガン州といったかつての製鉄業が栄たいわゆる「ラストベルト」という地方と、アパラチア山脈の山麓の石炭産業が盛んだったところです。
大統領選終了までの1年間に14州を訪れ、トランプ支持者たちの約150人に話を聞きました。
彼らは皆、かつては製鉄業や石炭産業の労働者としてかなりの高給をとっていた労働者でした。
しかし、それらの産業はほとんど撤退し、今では何の産業も無くなった町で暮らしています。
若者たちの仕事もなく、わずかな収入を得るか大都会に出ていくかしか道はありません。
老人たちはそれすらできずに過ごしています。
しかし、彼らは皆、人の好いこと。
日本からの記者を歓待しできるだけのことをしてくれます。
支持者を訪ねて居酒屋に入っていくと皆が記者に酒をおごってくれます。
そのような普通の好人物たちがなぜトランプを支持しなければならなくなったか。
彼らは元々は民主党支持者でした。
現在のラストベルトやアパラチア地方もかつては民主党が圧勝する地域でした。
民主党が労働者の権利を守ってくれると信じて投票していました。
しかし、地方の製造業がどんどんと海外流出していく事態に、民主党はなにもしてくれず、かえってエスタブリッシュメント(既得権層)に金を回すような政治になってしまったと考えています。
オバマはまだ違ったかもしれないが、ヒラリー・クリントンは完全にエスタブリッシュメントの象徴のように見られています。
それに対するには最高の候補者がトランプだったのです。
事実はまったく逆で、ヒラリーはエリートではあるものの貧困問題や人種差別問題に取り組み、富裕層への増税などの再分配政策に取り組んできました。
それに引き換え、トランプは口だけは何を言っても彼が労働者のための大統領になるとは到底考えられません。
しかし、巧妙に作り出したイメージでヒラリーはエリートで金に汚いといったように定着させ、トランプは「既得権を無視して庶民を代弁できる」ように期待を持たせました。
アメリカの選挙に金のかかることは日本以上で、そのための努力が政治家にとって一番の関心事ですが、トランプはそれをも自分の有利さに転換させます。
トランプが大富豪であるのは皆に知られていますが、「だから全部自分の金で選挙ができる」ということになり、「だから大企業から金をもらわなくてもやっていける」ことになります。
それが「当選してから大企業の言うことを聞かなくてもすむ」だろうという期待につながり、大企業、大富豪優先のアメリカ政治を変えるかもしれないというイメージを作り出しました。
自分自身が大富豪であるということと矛盾するようですが、これもうまく作り出したイメージでしょう。
2016年11月にトランプの当選が決まったあと、1998年に当時のスタンフォード大学教授で故人のリチャード・ローティが遺した本が再び注目を浴びました。
その当時にすでに現在の状況を予言したような内容で、左派の政治家が雇用や賃金といった問題に取り組まずにいると、やがて反動政治家が大きな人気を集めて出現するだろうと書いていました。
そのとおりになってしまいました。
アメリカのラストベルトなどの地域に住む、かつての中流階級労働者たちの、都会のリベラルに対する恨みが結集してトランプ誕生を許してしまいました。
その後のアメリカの政治は彼らの期待に沿うようなものだったのでしょうか。
そして、時はちょうど2回めのトランプ大統領選になってしまいました。
トランプ支持率は不動のようにも見えます。
彼ら支持者たちの希望は満たされたのでしょうか。