これまでの世界史というものは、西欧で発達したということもあり、一神教的な解釈が優先したり、西欧文明の一人勝ちの歴史観が目立ったりと、偏った傾向がありました。
グローバル化が進み部分的には文化の融合も考えられますが、そのためにも世界の文明の公正な比較が必要となるということです。
そこで著者の鈴木さんが考えたのが、「文字」の歴史と文明が作り出した「組織」というものを比較していこうということです。
現在の世界は圧倒的に「ラテン文字」の優勢な状況ですが、これまでの人類文明ではいくつかの大きな系統の文字の流れというものがありました。
最も古く生まれたのはメソポタミア文明の楔形文字ですが、これはその後継もなくなり消滅しました。
現代までつながる文字は、エジプトのヒエログリフから形を変えながらシナイ文字、フェニキア文字となり、その後アラム文字とギリシア文字につながり、さらにそこからギリシア文字を経由してラテン文字、キリル文字を経由して現在のギリシア・キリル文字、さらにアラム文字から形を変えてアラビア文字となった大きな一群を形成するグループです。
なお、梵字(ブラフミー文字)も諸説ありますがアラム文字の系列という可能性があります。
そして古代からつながるもう一つの文字が漢字です。
黄河文明で始まった甲骨文字が発展し漢字となり、少々変形しながらも基本的には同じ性質のまま現代までつながっています。
日本の仮名は原理は違いますが漢字に由来する部分から形成されています。
このように文字の発祥と経過は様々ですが、近代の時点では「文字世界」すなわち「大文化圏」というものは5つに大別されます。
すなわち、「ラテン文字世界」「ギリシア・キリル文字世界」「梵字世界」「漢字世界」そして「アラビア文字世界」でした。
これらはその後少々勢力範囲を変えてはいても現代でも変わらずにその分立は守られています。
そして形は変えながらもやはり影響し合いながら続いているようです。
この基本姿勢のまま、古代から現代まで、そして世界各地の歴史を捉え直していこうという壮大な本ですが、さすがにそれを簡潔に要約ということもできません。
最後の部分で一つだけ。
ソ連崩壊に伴い、いわゆる「東側諸国」も崩壊し新たに資本主義陣営としてスタートし直しましたが、その各国は「ギリシア・キリル文字世界」に属するロシア側と、「ラテン文字世界」の属する国とが入り混じっていたために複雑な様相を見せています。
一概には言えないのかもしれませんが、東側に入っていた国々でもカトリック教徒が多い地域と正教会教徒が多い地域と言うものの差が、この文字世界の差につながります。
ポーランド、ハンガリー、チェコスロバキアはいずれもカトリックが多数をしめ、元々はラテン文字世界に属していました。
そのためか、ソ連崩壊の時期にも早くからそこから離れる動きを見せました。
それに対し、ロシアに追随する姿勢が強かった、ブルガリア、ルーマニア、セルビアなどはキリル文字世界だったようです。
この地域にはさらにムスリムも多くそれが多くは分裂に動いてしまいました。
こういったソ連崩壊を「資本主義陣営の共産主義への勝利」と見ることも多いのですが、文字の世界の争いと言う一面もあったようです。
なかなか興味深い歴史の分析ですが、著者の鈴木さんは法学部出身ということで歴史学者としては異色のようです。だからこその独自の視点でしょうか。