もうかなり前の話になりますが、1997年に映画「パラサイト・イヴ」が作られました。
ホラー映画という印象が強いのですが、これは本書著者の一人の瀬名秀明さんが書いた小説が原作となっており、その基本には「ミトコンドリア」という細胞内の一器官があります。
瀬名さんは作家として活躍されていますが、実は薬学博士であり、大学院在学中にこの小説を書いたのでした。
本書では、出版当時は日本医大教授で、ミトコンドリア病の研究者でもあった太田成男さんとともに、この「ミトコンドリア」にまつわる話をあれこれと書いて、読者のミトコンドリアについてのイメージを変えてやろうとしています。
なお、太田さんはパラサイト・イヴの映画化において科学考証を担当しており、瀬名さんとはその時からの知り合いだそうです。
ミトコンドリアという名前だけは、高校の生物の教科書にも載っていますので誰もが聞いたことはあるかも知れません。
真核生物(動物・植物などを含む)の細胞の中に含まれている器官であり、主に生物のエネルギー発生に関わる働きをしています。
そして、どうやらその起源は数億年前の古代に別の生物として生きていたものが、他の生物の細胞内に移動して共生したのではないかと考えられています。
その点を捉えて、「実はミトコンドリアの方が細胞を乗っ取ったのではないか」と考えたのが、「パラサイト・イブ」の主題だったのですが、映画を見てもこれに気づいた人は少なかったかも知れません。
本書の構成は、ミトコンドリアと生命進化の関係、酸素を用いて生物に必要なエネルギーを作り出すというミトコンドリアの重要な働き、ミトコンドリア遺伝子の移動、人類の起源と民族移動の解明、ミトコンドリアと生物の生死の関係、ミトコンドリアの関係する病気の数々、老化とミトコンドリアの関係といった章立てになっており、広くミトコンドリアが関わる話題を解説しています。
地球の大気中に酸素が増えだすと、それに生物も対応しようとしました。
酸素を用いたエネルギー獲得システムは、非常に効率が良く無酸素でのそのシステムをはるかに上回るエネルギーを得ることができるのですが、酸素というものは活性化すると活性酸素となり、生物にとっては非常に毒性が強くなります。
ミトコンドリアもそのエネルギー獲得システムを作り出したのですが、それは細胞内で同居している遺伝子DNAを傷つけて殺してしまう危険性がありました。
そのために、ミトコンドリアは遺伝子を共生細胞の核遺伝子に移動させ、必要最小限のものだけを元の位置に残したようです。
そのために、ミトコンドリアDNAは小さくまとまったものとなったので、DNA解析技術の発展の初期には集中的に研究対象とされることになりました。
それが、人類など生物の進化の解析に使われることにもなりました。
現在でこそ、大きな遺伝子である核DNAのすべてを解析するという技術が確立してきましたが、初期の技術開発の過程ではミトコンドリア遺伝子解析が主となりました。
著者の一人、太田さんの専門分野である、ミトコンドリアの関係する病気というものも、意外に多数になるようです。
ミトコンドリア病として特徴的なものは、CPEO(慢性進行性外眼筋麻痺症候群)、MERRF(ミトコンドリア異常ミオクローシスてんかん)、MELAS(ミトコンドリア筋症)などがありますが、一般的な多くの生活習慣病や老年病といったものにも、ミトコンドリアが非常に密接に関係しているそうです。
これらの疾病にミトコンドリアがどのように関わっているか、そして治療法があるかどうか、ミトコンドリアの働きが非常に複雑なためにまだ解明されていないことが多いようです。
また、生物の老化ということにも、細胞のミトコンドリアが深く関わっているのは確かですが、それが生物の宿命でもあり、老化を防止するという方向に進めるかどうかは分かりません。
ただし、活性酸素の障害というものとミトコンドリアの活性というものが関係するようで、それを活発にするためにも有酸素運動でミトコンドリアを元気にするという考え方があるようです。