爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「菌が菌が」の大合唱で殺菌剤の売上は上がっているのか

会社勤めの頃には考えられなかったことですが、昼間からテレビを見ることが多くなりました。

その視聴者層は圧倒的に年寄りなのでしょうか、コマーシャルの対象もそういった人々向けのようで、その年頃の人々が好みそうな商品のものが多くなっています。

 

多いのは「健康食品」の類ですが、その他で最近よく聞くのが「菌が菌が」の連呼で殺菌剤などを売ろうというものです。

中には真ん中に子供を置いて、その周りに菌を戯画化したようなものをぎっしりと描いて、いかにも子供に被害が出そうな印象を与えようという、悪どい手法を使っているものもあります。

 

このブログでもかつて「微生物の話」と題したシリーズを書きましたが、その中で触れたように、以前は仕事で微生物(菌)を扱い、言ってみれば菌で飯を食っていたとも考えられるものでしたので、「菌が」という文句にはどうしても反応してしまいます。

 

sohujojo.hatenablog.com

 

それにしても、「菌が」身の回りに居るとどうしても「殺菌」しなければいけないものなのでしょうか。

 

1.環境は菌(微生物)で全体が覆われている

 「あくどい手法」と紹介しましたが、子供(でも誰でも)が居る環境の周囲はすべて菌(微生物)で覆われていると言うのは、間違いではありません。

 逆に、「菌がいない」つまり無菌状態というのは、自然界ではあまりないことなのです。

 とは言っても、健康な生物の内部は無菌状態であり、そこに菌が入ることは難しいものです。

 ただし、人間の身体を考えてもらえば不思議に思うかもしれません。

口の中は細菌だらけ、胃の中にもヘリコバクター、腸の中に至っては菌でいっぱいです。

 これは、「消化管」は外界と同じ、ということを表しています。

口から始まり消化管を通って肛門までの管状のものの中は、外界と同様に微生物で溢れているのです。

 しかし、それ以外の身体の内部は健康な生体の場合は無菌です。

 

 それ以外の環境は全体が菌で溢れています。

 「無菌室」と言うものは聞いたことがあるでしょう。

医薬品や高度に菌の少ない製品の製造のために、できるだけ菌の存在を少なくするために、高性能フィルターを用いて無菌エアーを吹き込み、頻繁に殺菌をして無菌化を図る施設です。

 しかし、そのような無菌室であっても完全に無菌状態にすることはできず、若干の微生物は存在します。

 もちろん、人体でも外側の皮膚などは菌が付着していないところはありません。

 ただし、それらの菌がどんどんと増殖しているというわけではありません。

びっしりと菌が詰まったような状態になるとそれ以上は増えないという状態になります。

これを安定的な菌叢(きんそう)microbiomeと言うのですが、言ってみれば平和共存しているような状態です。

実は、大抵の状態では微生物がある比率で安定共存しているわけです。

 

 

2.そのような状態で殺菌剤を使うとどうなるか

 菌を殺すような薬剤というものはいくらでもあります。

強烈な毒性を持つ薬剤を用いれば確かにそこに存在する菌を殺すことはできます。

とはいえ、完全に殺菌するというのも難しいのですが。

しかし、ほとんどの菌がいなくなるという状況にはなります。

ところが、その薬剤の影響がいつまでも続くわけではありません。

そうなると、菌から見ると一種の真空状態になったようです。

そこに栄養があれば、増殖できるかどうかは速いもの勝ちです。

実は、微生物というのは増殖速度がその種によってかなり違います。

速い方では、ビブリオ菌(ビブリオ中毒を引き起こす)で、最適条件では15-20分に一回分裂します。

大腸菌などでも30分に一回ほどですが、遅いものでは桁違いに時間がかかるものもあります。

それまでの安定的な割合で微生物が棲み分けをしていた菌叢が、まったく姿を変えてしまうことになります。

 

この典型的な例が「偽膜性大腸炎」という大腸に起きる障害です。

www.saiseikai.or.jp安定的に保っていた大腸の菌叢に、経口抗生物質を投与した場合に大腸内で菌を殺すのですが、クロストリジウム・ディフィシルという菌にはあまり効かない場合があります。

すると、他の菌が減少した大腸の中で、生き残ったクロストリジウム・ディフィシルが急激に増殖してその大腸菌叢の中での比率を高め、障害を起こすというものです。

他の菌も元気で、クロストリジウムばかりにデカイ顔をさせなければ病気にならないのに、抗生物質を飲んだばかりにそうなるわけです。

 

こういった現象が、殺菌剤を使った場所に起きるかも知れません。

その殺菌剤でやっつけたいのは病原菌やウイルスなのでしょうが、それだけを選択的に駆除できる殺菌剤というものはありません。

 

3.それでも殺菌が必要な場合

 とはいえ、殺菌剤を用いることがどうしても必要な場合はあります。

食中毒菌や、感染性のウイルスなどは経口感染といって口や鼻から体内に取り込まれて感染します。

そして、我々の行動の癖として、手や指を口や鼻に持っていくことが度々あります。

もしそこについている菌やウイルスが病原性の場合はその病気にかかることになります。

そのために「外から帰ってきたとき」や「食事の前」には殺菌作用のある薬剤で手や指をしっかり洗うということが必要です。

 

 

以上、必要な場合というのはあるのですが、一般消費者の危機感を煽るような「菌が菌が」というコマーシャルは少しやりすぎのように感じるという話でした。

なお、このように手についた菌や環境中の菌の殺菌というものには、やりすぎとも感じられるように殺菌と言われるのですが、「食品中の微生物の殺菌」はそれに対しこれも「異常なほど」嫌われているようです。

いわゆる「食品保存料」と呼ばれる食品添加物です。

実は、食べ物を腐らせる(これが菌が増殖するということです)ことで食中毒を引き起こす危険性は非常に高く、現在でも多くの食中毒事故を起こしています。

ところが、食品添加物に対しての異常な警戒感のためか、それを避ける風潮が強いために「無添加」ばかりが良いかのように言われ、そのために罹らなくてもよい食中毒被害を受けることがあるようです。

「菌」というものについて、バランスの取れた感覚を身に着けて頂きたいものです。