爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

ノーベル賞受賞の吉野彰さんが講演「持続可能社会の構築に責任」はちょっと無理では。

本年度ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが講演を行い、リチウム電池をさらに発展させて持続可能社会構築に責任を果たすと語りました。

www.nikkei.comリチウムイオン電池の実用化という大きな業績を上げ、現代社会の発展に大きく寄与したその業績は素晴らしいものですが、それをさらに発展させても「持続可能社会」にはならないということには気づいていないのでしょう。

 

太陽光発電風力発電も、言うまでもなく太陽からのエネルギーを利用し人類の使用に耐えるエネルギーに変換するというものですが、それを実行してきたのが地球に生まれた生物の生態系でした。

太陽エネルギー自体は決して「持続可能」ではありませんが、数十億年は続くと言う意味で「事実上持続可能」であることは認めましょう。

生物生態系はその太陽エネルギーを十分に利用し、光合成有機化合物を作り出し、それを利用しあい(食べ、食べられの食物連鎖かもしれませんが)それを続けてきました。

 

それは持続可能ではありますが、それ以上のことは何もしていないというのがもう一面の事実です。

人間には欲望があります。

遠くへ行きたい、美味しいものを食べたい(それが地球の裏側のものであっても)、快適な(暑くもなく寒くもなく)環境で暮らしたい、面白いものを見たい。

そういった行動は常に大きなエネルギーを必要とします。

 

そのような人間の暮らし自体、持続可能とは大きく反する性格を持ちます。

それがエネルギー依存文明です。

(このブログの”エネルギー文明論”を参照)

 

それに必要なエネルギーは、巨大なものでありそれを満足できるような能力は、いくら開発を頑張ったところで太陽光発電風力発電が満足できるものではありません。

 

しかも、「リチウムイオン電池」のような蓄電池を必要とすることで、いくらコストを下げようが、それに要する資源やエネルギーの量は膨大なものになります。

 

まず、「欲望」を減らさなければ、どうやっても持続可能にはならないということを知るべきです。