爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「科学者が消える ノーベル賞が取れなくなる日本」岩本宣明著

この数年、毎年のように日本人のノーベル賞受賞者が出ており、だんだんとそれが当然のように感じられるほどになってきました。

韓国や中国ではなかなか受賞者が現れないということで、そちらでは焦りを感じていると言った報道も、(日本メディアが優越感を感じていることがありありと分かる論調で)為されています。

 

しかし、受賞者の会見などでは日本の科学界の今後について極めて悲観的であることを皆が表明しています。

ところがどうも、メディアも政府もそれに真剣に取り組もうという姿勢は感じられません。

 そこのところを、ノンフィクションライターの岩本さんが多くの研究者にインタビューし、豊富なデータをもとに調べ、「ノーベル賞が取れなくなる」どころか科学者自体が激減しかねないという大変な状況であることを報告しています。

 

ノーベル賞受賞者の多くはアメリカやヨーロッパの科学者ですが、実は21世紀に入ってからは日本人がアメリカに次いで2位の受賞者数を誇っています。

ただし、このノーベル賞を貰うのは既に老齢になってからの人が多いのですが、その受賞理由となる研究は彼らの若手の時代の業績であることがほとんどです。

つまり、現在の日本人受賞者の受賞理由の研究は今からかなり前の青年時代のものです。

20年後、30年後のノーベル賞受賞者は、現在若手として研究に没頭している人の中から出るということになります。

 

しかし、現在の若手研究者の状況は、そのような基礎研究に没頭することを不可能としています。

 

理工系大学院の入学者は増えていますが、修士課程を終了した後博士課程に進む者は激減しており、ピーク時の3分の2ほどです。

修士終了で就職する人はほとんどが企業に入社しますが、そこでは研究に従事するものは少なくそれ以外の職種を担当します。

博士課程に進む人は研究者を目指すということになるのですが、現在は博士をとっても職がありません。

実に博士課程修了者の6割が非正規雇用かポスト待ちの無給研究員として大学に残っています。

 

ここで言う「非正規雇用研究員」というのが非常に多くなっています。

これは、普通の社会で言う非正規雇用労働者とは少し異なり、研究職ではあるものの研究プロジェクトの期間中のみ雇われる「期限付き」(任期制)研究員ということです。

一般社会の非正規労働者ほどの薄給ではありませんが、期間が終われば職がなくなります。

 博士課程修了者の目指すのは大学の助教(昔の助手)や公的研究機関の安定した無期限の研究員の地位なのですが、それを得られるのはわずか1割程度という惨状です。

これでは、理系で大学院に進学しようとする人でも博士課程に進むことは考えられないでしょう。

 

しかし、望み通りに大学の助教などとして安定した職につけたとしても、思い通りに研究ができるわけではありません。

大学の研究者の研究環境は悪化し続けています。

研究費として使える国立大学の運営交付金科研費が減り続けており、競争的研究資金へ依存する割合が増加しています。

また、研究費も「選択と集中」で一部のトップレベルの大学に多くが配分されるようになり、地方の大学や多くの私立大学の予算はより切り詰められています。

 

また、大学の助教なども研究者としての側面の他に、学生への講義や事務対応の時間が取られます。

研究時間の減少は甚だしいもので、特に大学法人化以降は研究時間が25%減ったという調査結果があります。

2002年には研究時間が職務時間の46%であったのが、2008年には36%に減少したそうです。

研究時間に代わって増えているのが、「教育」と「社会サービス:教育関連、その他」です。

学生の教育に費やす時間が増加しています。

大学の使命として、学生教育の充実を掲げることが多くなり、しかも教員の数が減らされているために、教員一人あたりの授業時間が増えています。

特に、助教や講師といった若手の人々がそれに従事することが多いために、研究にもっとも当たるべき若手の研究者の時間が激減しています。

 

これには、大学進学者の大幅な増加も関わっており、それは高校までの授業を消化しきれていない学生の増加にもつながっています。

彼らに対する補習授業(中高の内容を教える)も教員の負担となっています。

 

こういった状況は、政府の無策によるものです。

財政が厳しくなることは分かっていながら、社会保障費や防衛費の増加を優先し研究開発費を削り続けた。

受け入れ先も無いのに博士課程の定員を増やし、1990年から10年で博士を2倍にした。

このような結果として、大学院に進学しても優秀な学生ほど修士修了で企業に就職してしまう。

また博士で優秀な人材はすでに続々と海外に流出していく。

このままでは、ノーベル賞が取れるかどうかどころの話ではなく、日本の科学、特に基礎分野は壊滅しかねないところまで来ています。

少なくとも、大学は解体して教育機関と研究機関をはっきりと分ける必要があります。

 

科学者が消える: ノーベル賞が取れなくなる日本

科学者が消える: ノーベル賞が取れなくなる日本

私自身は研究者としての経験はありませんが、大学に近い場所で仕事をしていた関係で研究者の人たちとも知り合う機会がありました。

「任期付き研究職」という若い人たちも居ましたが、はっきり言って悲惨な状況です。

次の仕事の見通しもつかず、現在の仕事も夢のあるものではない。

気の毒としか言えないものでした。