この本はある意味で非常に問題を抱えた本です。
とは言っても、内容が不正確であったり、商業主義に毒されていたりと言った意味ではありません。(そういった問題本はいくらでもありますが)
逆に、この本の内容は、非常に的確に問題点を指摘しているにも関わらず、世間はそれに対してほとんどと言っていいほど反応せず、完全に無視してしまったとも言えるからです。
現在の社会はスポーツ礼賛とでも言えるような状況で、スポーツ至上主義となっています。
そこに、すでに30年近く前になりますが、1992年にこの本で当時東大理学部助手であった著者の加藤氏は「スポーツは体にわるい」という衝撃的な提言をしました。
しかし、その後もこの本の主張内容はごく僅かな人に注目されただけでほぼ無視されています。
この本の内容が取るに足らないようなもので、間違いだらけだからでしょうか。
とてもそうは思えません。
加藤さんが書いていることは科学的にも正当なことと思わせる内容です。
本書で主張されているポイントはいくつかありますが、大きなものとしては次のことがあります。
まず、「活性酸素」は体内で多くの病気を引き起こすこと。そして、激しいスポーツで酸素の消費を増やすと活性酸素の発生も伴い体内で障害を起こすということです。
さらに、競技スポーツで勝敗を争う傾向が強まるとストレスも強くなりその害も無視できません。
また、生活習慣病などへの対策としてスポーツが推奨されますが、実際にはスポーツの害の方が無視できないということ。
現在でも大きな問題として浮上している「子供のスポーツのやりすぎによる障害」についても、早くもこの時点で指摘されています。
少年野球や高校野球でのピッチャーの障害も紹介されており、30年も前に分かっていたのに今まで何の対策もされていないのが怖ろしいほどです。
さらに、サッカーでのヘディングの脳に与える危険性も指摘されています。
子供のサッカーではヘディングは禁止すべきということも省みられていません。
女性の長距離ランナーの障害も決して今になって分かってきたのではなく、30年前には表面化していたことも分かります。
このように、現在でも問題であり続けている事々を著者は1992年には指摘しているわけです。
そして、その後もまったく対策も取られないまま、「スポーツは体に良い」という幻想を振りまきながら推進されていることになります。
その後の研究報告などを見ると、「適度な運動で活性酸素生成が抑えられる」といった研究はなされているようですが、程度問題はあるでしょうが基本的にはこの加藤さんの指摘を覆すほどのものではないと考えられます。
このように、決して過ぎ去った問題でも、解決済みの話でもないようです。
このような指摘を放置したまま、スポーツ至上主義は愛好者の身体を蝕み続けているのでしょう。
スポーツは体にわるい―酸素毒とストレスの生物学 (カッパ・サイエンス)
- 作者: 加藤邦彦
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 1992/11
- メディア: 新書
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