爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「考える江戸の人々 自立する生き方をさぐる」柴田純著

1995年に起きた阪神淡路大震災の頃、テレビなどで「人を救うのは人だけだ」というフレーズが繰り返し語られるようになりました。

人々にボランティア活動への参加を呼びかけるものでした。

この言葉に接して、ボランティア活動をするかどうかというのは個人の事情により違ったでしょうが、この表現自体に疑問を感じるということはほとんどなかったでしょう。

 

しかし、このような考え方が当たり前のことと考えられたのは、それほど古い昔からのことではありません。

日本だけでなく、世界の多くの地域で神仏の力が絶対的であり、人の努力など大した価値はないとされていたのは、ごく近い過去までは普通のことでした。

 

それでは、いつ頃からこの考えが普及したのか。

思想の歴史の研究者である著者は、それは16世紀末から17世紀にかけて、つまり中世末の戦国時代が終わって江戸時代の「平和」が実現された頃からであろうと考えています。

 

古代から中世までは人の力は限定的なものであり、ほとんどのことは神仏の考え次第という観念が支配的でした。

自然災害や飢饉が起きても神仏に祈るのみでした。

ところが、応仁の乱以降戦乱が続くと、神仏の権威に対する懐疑心が生まれます。

そして、織田豊臣に続いて徳川が戦乱を収めると、これまでより人間の力というものへの信頼が格段に高まっていきます。

いろいろな問題に対して、人間自身の力で解決しなければならないという考え方が生まれ、拡大していきました。

 

こういった社会と個人の変化というものが、どのように生まれ育っていったのか、多くの人々が残した文書などを基にその意識を探っていきます。

取り上げられているのは、彦根藩藩主の井伊直孝、その孫の直興で、彼らが子や孫、家臣団に対して出した書状、指示書等々に書かれていることから、自身で頭を使ってよく考え行動することの大切さを示しています。

特に、井伊直孝は藩主でありながら幕府要職に就いたため、ほとんど国元に戻らず江戸住まいで、国元の政治は留守居役に任せたままという状況のため、細かいところまで指示をしています。

 

さらに、江戸時代の思想家の思想履歴についても調べていきます。

藤原惺窩、林羅山伊藤仁斎荻生徂徠といった面々ですが、中にひとり、さほど有名ではない思想家ですが、那波活所という人物について詳しく述べています。

那波活所は武士の生まれではなく、祖父が一代で巨万の富を築いた姫路の豪商で、活所は幼少より学問に優れていたために藤原惺窩に師事します。

そして、熊本藩和歌山藩儒者として仕えています。

彼の思想は儒学を基本としていますが、「中人思想」というものが特徴的です。

 中人とは、人間を三分類した場合に、大賢、中人、下愚と分けられるその中間です。

活所はさらにその最高位に至聖、最下位に至愚を置き五分類としていますが、いずれにせよその中間の大多数は中人であるとしています。

そして、彼は自分自身も中人であると自称します。

これは、近世という時代が日本においても社会的中間層が現れ増大していくということも背景にあります。

ただし、こういった中人にも向上の可能性がありその努力が必要としているのは時代を表しています。

 

本書後半では、著者のもう一つの研究分野であると見られる、寺子屋を舞台とした庶民の教育機会の増大が扱われています。

すでに、16世紀には畿内では子どもたちの教育のために旅の僧侶を村にとどめるという慣行がありました。

そして、17世紀半ばを過ぎると各地で寺子屋が活動していたことが記録にあります。

各地で活躍した近江商人の出身地の一つ、現在の滋賀県東近江市、当時の五個荘町という村の時習斎という寺子屋は、元禄9年(1696年)の開校でした。

五個荘町には他にも多くの寺子屋があり、他の地域と比べて読書・習字の他に算術を教えているところが多かった特色があり、これが近江商人としての活躍の基礎となっていたようです。

 

時習斎は、そこを開設した中村家に多くの文書が残っていたという幸運があり、当時の様子がよく分かります。

また、100年分以上の生徒の資料、門人録というものも残っており当時の貴重な記録となっています。

それを見ると、寺子屋に通う子どもたちの家は上層階級だけでなく、中下層の人々も含まれており、ほぼ村内皆学といえる状況だったようです。

おそらく全国的にも最も教育が普及していたのでしょう。

なお、女子の教育も徐々に増加しておりその需要も高かったことが分かります。

 

いろいろな面から見て、江戸時代に日本の社会というものががらりと変わったと言えますが、このように人々の思考というもの自体がこの時代に大きく変化しそれが現代につながっているということが良く分かります。

 

また、巻末には「考える」に関してAI(人工知能)についても触れています。

AIの可能性ばかりを強調される事が多いのですが、AIの限界も歴然としています。

数学者の新井紀子さんによれば、

AIに使えるのは論理と確率と統計だけ。AIの弱点は「まるで意味が分かっていない」こと。

逆に言えば、「意味を理解しなくてもできる仕事」はAIに奪われる。

人は「意味を理解する」仕事をする必要がある。

また、羽生善治さんも、「AIがはじき出す膨大な情報から意味あるものを見つけ出す”価値判断”、AIに何を考えさせるかという”問を立てる”ことは人間にしかできない」と言っているそうです。

 

考える江戸の人々: 自立する生き方をさぐる

考える江戸の人々: 自立する生き方をさぐる