爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「納豆の起源」横山智著

民俗学者で東南アジアの焼畑農業などを調査研究していた著者は、2000年の冬に訪れていたラオスで「トゥアナオ」と呼ばれる納豆に出会います。

それから調査に出かけるたびに現地の市場などで納豆を探すようになり、結局はそちらの調査の方が主となってしまいました。

 

それまでの定説では、中国西南部の山岳地帯を中心に、ヒマラヤから西日本に至るまでの照葉樹林帯には特有の文化があり、食物も独特のもので納豆もその重要な一部であると言われていました。

そこで、納豆やそれに類した大豆の加工食品を、ラオス、タイ、ミャンマー、ネパールなどの山岳地帯に訪ね歩き、生産の工程を調べるという調査を15年に渡って行なってきたものの集大成としてまとめたのが本書です。

そのため、研究報告としても成り立つものですが、納豆に愛情を持つ日本人にとっては読み物としても面白いものとなっています。

 

なお、日本では現在は大豆を納豆菌で発酵させた糸引き納豆がほとんどとなっていますが、東南アジアではいまだに多くの種類のものが作られており、その形態も様々です。

著者の興味の対象としては、納豆菌で発酵させたものなのですが、調査の過程ではそれ以外のものも入ってきます。

また、調査の中では特に「大豆」と指定したわけではないのですが、大豆以外のものは見当たりませんでした。

 

納豆の起源を考えていく上で、重要なのは「大豆の栽培の起源」です。

ダイズという植物は、野生のツルマメ(Glycine soja)を栽培化したものです。

そのツルマメは現在でもアムール川上流から中国の広西チワン族自治区に至る広い範囲に見られ、どこでそれが栽培化されたかという定説はできていません。

しかし、少なくとも3000年前には中国を中心に広い範囲でダイズとして食用にされていたようです。

ただし、大豆は特有の生臭さやえぐ味があり、さらに多くの有害物質を含むためそのまま食べるには適しません。

そのために、どこでも大豆を様々に加工して食用とすることが行われました。

納豆や味噌醤油、豆腐といった加工品はこの地域に広く見られます。

ただし、その中でも納豆として食べられる地域は限られているようです。

 

日本でも、かつては様々な種類の納豆が作られてきました。

塩を加えずに納豆菌を加えて発酵させる糸引き納豆が現在では主流ですが、他にも塩を加える五斗納豆や、納豆菌ではなく麹で発酵させる浜納豆、大徳寺納豆などもありました。

今回の東南アジア山岳部での調査でも、日本にもかつてあった様々な種類のものと出会うことになります。

 

調査地は、ラオス北部、タイの北部、ミャンマー全域、そしてネパールでした。

ラオス・タイでは「トゥアナオ」、ミャンマーでは「ペーボゥ」、ネパールでは「キネマ」と呼ばれています。

納豆の形態としては次のようなものが見られます。

粒状納豆 日本のものと似た形態だが、糸を引くものは少ない。ただし、枯草菌を使ってはいる。菌の種類の違いによる。

ひき割り状納豆 日本のひきわり納豆程度のものもあり、さらにペースト状にまで挽いたものもある。

粒状熟成納豆 粒状納豆をさらに塩水に漬けて熟成させる。(カンボジアのみ)

干納豆 粒状納豆を乾燥させる。納豆が作れない夏季に水で戻して使う。

蒸し納豆 出来上がった納豆をつぶして塩やトウガラシで味付けし蒸す。ソースとして生野菜などにつけて食べる。

乾燥せんべい状納豆 ひき割り納豆を平たく潰して乾燥させる。タイ、ミャンマーラオスなどのタイ系民族ではこちらが一般的。

味噌状納豆 ヒマラヤの一部地域で見られる。味噌状に作るが枯草菌を使うので納豆に入る。

 

なお、インドネシアのテンペはクモノスカビを使うものなので納豆には含めません。

 

このような納豆様の大豆加工食品は、中国西南部を中心とした照葉樹林帯に分布していると見られたことから、照葉樹林帯文化の提唱者であった中尾佐助は、「ナットウの大三角形」という仮説を提唱しました。

しかし、その中味はかなり差があるので一概に三角形の地帯を想定する意味はないと考えられます。

 

東南アジア各地の納豆調査で、著者の横山さんが詳しく調べたのは、納豆の出来上がりの形態(乾燥せんべい状とか、ひき割り状とか)だけでなく、枯草菌(納豆菌)をどこから取り入れるかという点も含まれました。

日本でも、かつては稲藁で蒸した大豆を包んで、稲に付着していた枯草菌を使うということが行われていました。

同様に、東南アジアでも何らかの枯草菌の供給源があったはずです。

調査したところでは、樹木の葉(チークやバナナ、クワ、イチヂク等)、シダ植物の葉、などで大豆を包むと言うところが見られました。

ただし、そのような植物との接触なしに作ってしまうというところもあったようです。

 

納豆の食べ方も多くの種類があり、ほぼご飯の上に載せて醤油などをかけるだけという日本とはかなり差がありそうです。

ある一つの村で納豆料理を作ってもらった処、あっという間に納豆ソース、納豆炒め、納豆入り野菜スープ、もち米につけて食べる、などの多種類の料理ができました。

他の地域にはさらに他の料理もあり、多彩な食べ方がされているようです。

 

なお、調査の中ほど、9年目になってようやくミャンマーの山岳部、カチン州バモーというところで、「糸を引く」納豆にであったそうです。

そこにたどり着くまでには、雇った車のドライバーがあまりの悪路に途中で逃げ帰り、しかたなく現地で車を雇ってなんとか着いたということで、感激もひとしおだったようです。

 

このような調査をまとめ、最後に「納豆の起源はどこか」を論じたのですが、結局はどこと決めるわけにも行かなかったようです。

現状を調べても、歴史的にどのような変遷をしてきたかは解明できず、それをいつから作っているかということもよく分からないようです。

さらに、今でも納豆の作り方は刻々と変化しています。

日本でも藁苞納豆などはほとんど趣味だけの製造になってしまいました。

東南アジアでも、プラスチックバッグを使う製法を取るところがどんどんと増加しているようです。

今はまだ製造者と販売者が同じという素朴な製造状況ですが、これも大資本が入れば変わるでしょう。

そういった動きが本格化する前に現状を記録できたというのは貴重なものだったと言えます。

 

納豆の起源 (NHKブックス)

納豆の起源 (NHKブックス)