爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ネアンデルタール人は私たちと交配した」スヴァンテ・ペーボ著

2010年に発表された、現代人のDNAの中にネアンデルタール人のDNAに由来する部分が数%存在するという論文は驚くべきものでした。

この本は、その研究の中心として主導し進めてきたドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボ博士がその研究の履歴を書いたものです。

最初に人類学を目指した発端から、様々な研究の過程、協力者やライバルの話まで詳細に語られており、科学を目指す人たちにとっても非常に参考になるものかと思います。

 

ペーボ博士は1955年スウェーデンの生まれ、医学を目指し一時は臨床も経験したものの、「ミイラのDNAを調べたい」という思いが強く、古代の遺伝子を研究するという方向へ進みます。

最初にエジプトのミイラのサンプルからのDNA抽出という実験に成功し論文も掲載したというところから、研究生活がスタートします。

当時はまだ遺伝子の配列などを調べるということは技術的に難しかったのですが、その技術の発展とともに著者の古代の遺伝子の解析という実験も徐々に発展していくことになります。

 

研究を初めて間もなく、PCR法による遺伝子増幅とシーケンス解析という方法が開発され、それを古代の遺跡から得られたサンプルに応用するという方向に向いていくこととなります。

著者は、それをどうしても人間の進化の歴史の解明に進めたいと考えますが、技術の限界と障壁はいたるところに存在し、その解決に苦労することになります。

 

1990年にドイツのミュンヘン大学に移った著者は、そこでPCRを使った古代生物のDNAの分析を始めるのですが、PCRは混在したDNAでも無差別に増幅するために、混入するDNAの除去に大変な苦労をすることになります。

遺跡から採取したサンプルにはどうしても作業者のDNAや混在する微生物の遺伝子が紛れ込み、古代の絶滅動物のDNAを分析しているはずでも、人間のDNAが検出されるということが続きます。

厳密な実験室のクリーンルーム化、薬品なども完全にDNAが含まれていないことの確認など、物理的な清浄度の管理を確立するまでにはかなりの努力が必要でした。

 

それでも、ようやく25000年前の馬の骨からDNAが抽出できるようになったのですが、ちょうどその頃には世界の多くの研究者から古代の遺物からDNAが抽出されたという報告が出され、一般にも知られるようになります。

中には数百万年以上も前のDNAであるといった報告も出されるのですが、著者らはDNAの性質からそのような古い時代のものが残っているはずはなく、現代での混入に間違いないとは思ったものの、「琥珀の中のDNA」といった話ばかりが流れる状況が続きました。

 

その後、1993年にアルプス山脈の氷河で見つかった「アイスマン」のDNAを解析する機会に恵まれました。

この実験の際には、アイスマンがかなり現代人のDNAに汚染されていたために、真のアイスマンのDNAがどれかということは、非常に困難な分離作業が必要だったのですが、なんとか結果を出すことができました。

そこで、なんとか現代人DNAの混入を分離できるものはないかということで、考えられた次の標的がネアンデルタール人でした。

ネアンデルタール人は3万年程度の古さの骨も残っており、そこにはかなりのDNAも残っている可能性があること、そして現代人とはDNA配列も異なるところが多いはずなので、現代人のDNA汚染があった場合も分かりやすいということでした。

そして、ネアンデルタール人の人骨から最初のmtDNA解析の論文を発表することになります。

その結果、ドイツのマックスプランク協会から、進化人類学研究所の発足を任されるということになり、研究環境が大幅に改善されることになります。

 

なお、このmtDNA 解析ではネアンデルタール人のものと現生人類のものは異なり、その間に近い関係はないという結論になりました。

しかし、あくまでもミトコンドリアだけの話にとどまり、核DNAではどうなるかということが問題となるのですが、まだ当時の解析装置ではそれは不可能な話でした。

 

そこに出現したのが「次世代シーケンサー」という新しい解析装置でした。

この装置の発展により、これまでよりはるかに短時間で長いDNAの配列決定ができるようになり、核DNAの解析に大きな進歩が訪れることになります。

 

しかし、その初期にはこの装置を使用するためには多額の費用がかかることとなり、著者はその金策にも努力することになります。

幸運にも満額をマックス・プランク協会から受け取ることができ、なんとかプロジェクトがスタートします。

 

ネアンデルタール人の残された人骨も得られ、その核DNAの解析を進めたのですが、その結果には驚愕することになります。

ネアンデルタール人のDNAの配列の一部が、現代人のDNAにも含まれていることがわかったのです。

その時点で、ヨーロッパ人、中国人、アフリカ人のDNAとネアンデルタール人のそれを比較すると、アフリカ人には一致するところはなく、ヨーロッパ人と中国人にはごく一部ながら一致するところがあったのでした。

 

これは、ヨーロッパ人や中国人の祖先にあたる現生人類と、ネアンデルタール人が交配していたことを示します。

中国にネアンデルタール人が住んでいたという考古学的遺跡はないので、その時期は中国に現生人類が行く前の話と言えます。

 

その後、様々な研究を重ね、この推論の証拠が増えていきました。

 

しかし、ネアンデルタール人はその後およそ3万年前には絶滅してしまいます。

ネアンデルタール人のDNA配列は分かってきましたが、現生人類との差は分かるものの、そのどこに絶滅と繁栄を分けるものがあったかということは分かりません。

DNAの配列がわかったとしても、その遺伝子としての働きが分かっているわけではなく、謎は多く残ります。

 

なお、著者らはその後モンゴルにあるデニソワという洞窟から、人類の骨の小片を得てそのDNAを分析することで、デニソワ人という人類の存在を明らかにしました。

 

ペーボ博士の偉大な業績には、DNAの分析装置の発展とも密接に関わっていることが分かりますが、それだけで解決したはずはなく、他の微生物や作業者自身のDNAの汚染を防ぐという、非常に困難な努力も必要であったことが分かります。

まだまだ多くの結果が出てきそうです。

 

ネアンデルタール人は私たちと交配した

ネアンデルタール人は私たちと交配した