保田さんは関西大学の商学部教授でしたが、温泉が大好きで多くの温泉を訪れ、関西大学に温泉同好会を設立、その後それを大きく発展させて日本温泉学会を立ち上げ、初代会長に就任しました。
それが2003年のことですが、その後すぐに体を壊し、2006年に亡くなりました。
この本は、保田さんが生前に温泉についてあれこれ書いていた「温泉よもやま話」、そして日本の温泉の現状について危機感を持ちその問題点を指摘していた頃の「温泉問題は消費者問題」、最後に温泉学会を設立した当時の様々な記録を集めたものです。
「温泉の危機」という問題は、ちょうど2000年前後にあちこちで事故や不祥事が露呈するという事態に陥ったことで大きくなりました。
2002年に、宮崎県日向市の日帰り温泉施設で、レジオネラ菌の集団感染が発生し、295名の患者が確認され、そのうち7名が死亡するという大きな事件が起きました。
それに対処するため、厚生労働省は温泉の衛生管理強化の施策を徹底しようとしましたが、「源泉かけ流し」の温泉にも塩素剤投入を強制するということになり、批判を受けました。
さらに、2004年になり、長野県の白骨温泉で白濁した源泉の湧出量が減少し、加水したために白濁成分が減ったのを着色入浴剤を入れてごまかしていたということが明るみに出て大問題となりました。
伊香保温泉でも源泉湧出量が足らずに水道水や井戸水を沸かして湯船に入れていたことが暴露されました。
このような現状を是正するという目的ももって、温泉学会というものを関係者だけでなく学者なども参画して作っていこうとしたのでした。
第1部の「温泉よもやま話」の部分は、1990年頃から書かれているもので、各地の温泉をめぐり新たな温泉を発見しといった、気楽な楽しい読み物といった風情ですが、第2部以降はガラッと文章の文体まで変わって温泉の窮状、おそまつな実態などを指摘するものとなっていきます。
さまざまなデータを、1970年と30年後の2000年で見たものが掲載されています。
温泉地の数は、この30年で71%増加しています。
しかし、自噴の源泉を持つものは若干減少しており、ほとんどが動力を使って組み上げるものとなっています。
宿泊施設数は17%増えていますが、宿泊定員数は65%増加し、旅館ホテルの大型化が進んでいます。
ただし、推計宿泊利用人数は32%しか増加しておらず、多くの施設で稼働率が落ちていることが分かります。
さらに、日帰り温泉施設は3.4倍に増加し、各地で似たような施設ができています。
このような状況で、源泉の湯量不足が深刻となっており、それを補うために循環ろ過方式を取る施設が急増しています。
さらに、不足分を加水で補って加熱するという施設も増えています。
源泉の利用率というものを表示する規定はないため、加水の比率は明かされておらず、実際は数倍から10倍以上にまで加水するところもあるようです。
「天然温泉」と称するのは、源泉100%であるべきというのが保田さんの主張であり、加水や循環ろ過方式を否定するわけではありませんが、せめて施設の分かりやすいところにそれを明記するべきということです。
温泉大国と言いながら、日本には温泉を専門に研究する機関はなく、大学にも「温泉科」もありません。
さらに、官庁にも温泉を専門とする部署もありません。
取り締まる法律も、温泉業者に甘い規定ばかりで、湯船のお湯を完全に抜いて掃除をするのも週に1度でも可といったもので、消費者の立場から見たものでは無いと言えそうです。
温泉成分の表示も決まっていますが、それがきちんと守られていないことも多いようです。
しかも、それは「源泉」の成分分析であり、実際に客が入る「湯船」での成分とは異なります。
加水してあれば成分はかなり薄まっているはずですが、それを調べているところはありません。
私も最近はすっかり温泉から遠のいてしまいました。
泉質だけが全てではないと思いますが、やはり有馬温泉や伊香保の濁った湯は懐かしいものです。