爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

長村洋一さんが「FOOCOM.NET」で書かれている、「科学立国の危機(豊田長康著)」の書評が良い。

長年、臨床検査技師教育に携わり、食品衛生などに詳しい長村洋一さんは、FOOCOM.NETの専門家コラムで記事を書いておられ、前回は「健康食品の品質の問題」と題して現在の日本の現場の品質管理技術の低落を糾弾されていたのですが、今回のコラムでは、現在鈴鹿医療科学大学の学長である、豊田長康さんが書かれた「科学立国の危機」という本の紹介をされ、特に科学研究期間などのテコ入れと研究者の養成を行わなければ日本の科学立国などは達成不可能であることを論じています。

www.foocom.net豊田さんは、長らく三重大学で学長まで勤められた後、国立大学財務経営センターの理事長まで歴任されたということで、大学などの経営状況と研究レベルについては非常に詳しいということです。

 

ここしばらくは、ノーベル賞を毎年のように日本人が受賞ということで科学立国という地位は万全かのような印象を持たれているかもしれませんが、豊田さんによれば「科学立国を誇っていた日本は本当に重大な危機的状況に陥り始めている」ということです。

 

各章の題を引用されているので、それを見ればだいたいの内容は想像できるかもしれません。

 

第1章 学術論文数は経済成長の原動力

第2章 日本の科学原動力が危ない・・・ノーベル賞ゼロ時代の危機

第3章 論文数は金次第・・・なぜ日本の論文数は減っているか

第4章 政府の研究政策はどうあるべきか

第5章 すべては研究従事者数(FTE)に帰着する

第6章 科学技術立国再生の設計図・・イノベーション・エコシステムの展開

終章  研究力は地域再生力の切り札となる

 研究の活力を見るには、科学論文の数を見ればよいというのはだいたい間違いのない推測方法と言えますが、その論文数、さらにその論文のレベルを示す「被引用数」(他の論文から引用されたことを示す)の双方ともに、最近の日本の状況は低落の一途をたどり、近隣のアジア諸国と比較しても低くなっています。

 

このような状況をもたらしたものは、とにかく「金」であるというのが第3章で語られています。

ここで豊田さんは新たに「FTE」(フルタイム研究者数)という概念を紹介され、その海外との比較をされています。

これは、フルタイム、すなわち正規雇用者としての研究者の数というものを表しており、日本ではそのような概念すら無かったために正確な統計も無いという状態です。

それでもなんとか推定の値を出してみても、諸外国と比べて日本のFTEのあまりの低さに言葉を失うほどとか。

 

ならばどうすれば良いのか。

国立大学の経営改革ということで、「大学法人化」ということが行われました。

しかし、大規模国立大学、中小規模国立大学のいずれでも法人化の時期と論文数の急落の時期とが見事に同じであるそうです。

大学法人化というものが、結局は予算の大幅削減とつながっていたということが如実に現れていると言えるでしょう。

 

諸分野の中で唯一論文数が伸びているのが、臨床医学分野の論文だそうです。

これは、病院などの改革で大学病院勤務医の数が伸びていることと密接に関係するものです。

他の分野でも人数が増えればとにかく論文数だけは増えるのは間違いなさそうです。

論文のレベルを上げると言っても、論文総数が増えなければそれも無理なのでしょう。

 

最後の部分で、長村さんが「科学研究の進展が、企業の本当の発展につながれば、見苦しい不正も行われなくなる」と書かれているのは、自動車会社や機械会社などで相次いだ品質不正、そして長村さんが詳しい健康食品会社の品質不正について、これまで繰り返し書かれていた内容から来ていることです。

つまり、大学などの基礎科学研究のレベルを上げなければ、メーカーの技術力も低迷し、品質低下となるということでしょう。

 

私の意見も同様です。

博士号を取った有能な研究者が、期限付きの研究職にしか付くことができず、日々の生活にも追われるようでは、とても落ち着いた研究などできるはずがありません。

その状況を熟知している、豊田さん、そして長村さんが危機感をつのらせているのも当たり前と思います。