爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「データ栄養学のすすめ」佐々木敏著

栄養疫学というものを広めようと奮闘されている、東京大学教授の佐々木敏さんが昨年出版された本です。

実は、出版直後から大きな話題となっており、特に栄養士さんなどの間では今でも多くのツイッターが書かれています。

 

私もできるだけ早く読んでみたいと思っていたのですが、なかなか巡り会えずに今になってしまいました。

 

「食と健康の情報」というものは、社会に溢れているように見えます。

しかし、その多くは十分な科学的事実確認すらないままに流されています。

「科学的なデータ」とは、収集、整理、分析、確認までが科学的な方法で行なわれたものを指します。これを「科学的根拠(サイエンティフィック・エビデンス)」と呼びます。

著者がこの本の題名を「データ栄養学」としたのは、そこに意味があります。

 

本書では、そういった観点から今多くの栄養と健康に関する話があふれているような、「ビタミン」「ミネラル」「炭水化物・糖」についての研究状況などを描いていきます。

それを見ていくと、多くの人に常識のように語られていることが、意外にはっきりとした根拠が無いことに驚くほどです。

 

「野菜を一日350g以上摂る」ということは、厚生労働省が提唱している数字です。

しかし、その根拠が明確に述べられているものは見当たりません。

野菜と果物の摂取量と総死亡率の関係をまとめた研究は、欧米諸国で実施されたものが公表されています。

日本では実施されたものはないようです。

それらの研究結果をまとめたものを見ると、「果物と野菜を合わせて、1日に385gほど摂取する」のが一番良いようです。

それでは、「野菜だけ」の摂取量と総死亡率の関係を調査した研究はあるのかといえば、どうもぴったりの結果が出たものはないようです。

ヨーロッパでは「果物と野菜」の合計摂取量で研究をしているのに、日本が「野菜だけ」としているのは日本の特殊事情にあるようです。

実は、現状の摂取量でみて日本はすでに最もたくさん摂っているようです。

個人差が大きいこともあるため、野菜を十分に摂取している人がこれ以上多く食べたところであまり効果は期待できないようです。

それよりも、ほとんど野菜を食べていない人に少しでも食べさせる効果というものはあるようなので、それを目指すということでしょう。

 

日本人では胃ガンにかかる人が特に多いという状況がまだ続いていますが、ピロリ菌の感染者が胃ガンになりやすいということはあります。

しかし、どうやら胃ガン患者のうちピロリ菌を原因として発症した割合はせいぜい30%程度のようです。

遺伝の影響も考えられますが、アメリカに移住した日系人の胃ガン発症の割合は他の白人と大して変わりなく、日本人に胃ガンになりやすい遺伝傾向があるとは言えません。

それよりも、食塩の多い食事習慣が関わっているようです。

食塩は発ガン性物質ではありませんが、どうやらそれが発がんに関わるメカニズムがあるようです。

ただし、そのようなメカニズムをはっきりさせなければ胃ガン患者を減らせないわけではありません。

疫学として、食塩摂取量と胃ガン発症率に間違いなく関連があるのなら、その理由はともかくとして、とにかく食塩を減らせば良いだけです。

実は、胃ガンの発症率と「家庭用電気冷蔵庫の普及率」が密接に関係していることは分かっています。

どうやら、食塩濃度が低くても食品の保存ができるようになることで、食事のときに摂取する食塩量が減ることが寄与したようです。

つまり、「胃ガンの減少に最も貢献した職業は、医者ではなく電気屋さんかもしれません」

 

食塩を減らす「減塩」が必要だということは、いろいろな面から言えることのようです。

しかし、そのような知識を教え込めば徐々にでも食塩摂取量が減らせるでしょうか。

面白い研究結果があります。

女性の栄養士と、一般女性で食塩摂取量に違いがあるかどうかを見たものです。

これは、24時間蓄尿を行ないそれを分析して塩分量を測定するという、非常に精密な測定方法を使って行なわれました。

(自己申告の摂取量調査では、どうしても実際の摂取量より低く出てしまいます。特に、栄養士のような専門家を相手にするとその誤差が大きくなるようです)

その結果、減塩の必要性が知識として十分にあるはずの女性栄養士も、ほとんど知識のない一般女性も、食塩摂取量にはほとんど差がないという結果が出てしまいました。

 

なお、「減塩食」が普及しないのは味が薄くて美味しく感じられないからだと、一般的には考えられています。

しかし、これも実際に比較してみるとそこまで差がない例も多いとか。

減塩をしようという、意識が足りないだけなのかもしれません。

 

緑茶のカテキンは、体重を落とす効果があるかどうか、1992年にイギリスで世界各国の研究結果を検討して調べるという、コクラン共同研究というプロジェクトが行なわれました。

その当時、合計14の研究が世界各国で行なわれており、そのうち8つの研究が日本で行なわれたものでした。

しかし、コクランプロジェクトの集計には日本の研究はすべて除外され、他の6つの研究を総合して、「カテキンの減量効果はあったとしてもごく小さい」というものになったそうです。

日本の研究というものが、科学的な根拠に乏しいものであったというのが最大の問題点だったようです。

 

非常に興味深い内容が多いのですが、やはりある程度専門知識のある人でなければ読みづらいものかもしれません。

 

佐々木敏のデータ栄養学のすすめ

佐々木敏のデータ栄養学のすすめ