かつて言葉をかわしていた人のブログの中で、「私は預言者」といったことを書いていたことがありました。
現在の漢字の意味の使い分けでは、「予」は”あらかじめ”(予約など)、「預」は”あずかる”(預金など)の意味に使うことが多いため、予言は”未来のことを前もって語る”、預言は”神からの言葉を伝える”という意味に使うことが多いようです。
しかし、どうやら漢字の昔の用法では、これはどちらにも共通で使われることがあったようで、そこまで遡ればどちらでも良いとも言えるのかもしれません。
chigai-allguide.comユダヤ教、キリスト教、イスラム教という、同根の一神教で預言が多発されるのでそこに特有のものかと見えますが、「神のお告げ」と言えばどこの宗教でもあるようにも見えます。
私がこのブログの中で、毎年の初めに書いているのは「予言」のようですが、実は「預言」の意味も持っています。
このまま、神の意志を大きく損なうような行為を続けていると神罰が下るぞという思いも含ませているために、預言的性格が強いものかもしれません。
したがって、今回、カエルさんのブログへのコメントで、「令和大震災」「令和大噴火」「令和大恐慌」が必ずやってくるというのは、「予言」のようで「預言」でもあるということは間違いないところです。
最後のところで、「令和国家破綻」が起きるかもというのは、「預言」的性格が強いものです。
もちろん、来てほしくないのですが、このまま神に背く政策を続けているとやってくるでしょう。
まあ、地震や火山噴火は誰がどういう行いをやっていても来るものは来るんですが。
もう一つ、集中豪雨、浸水被害は来なかった年はありませんので、予言とも言えません。確定していることを告げただけ。
ただし、どこに来るのかはさすがに未定です。
「あなたの町かもしれませんよ」というのは脅しにもなりません。