神経内科医で病院長も勤められているという、小長谷さんの本は前にも1冊読んでいますが、中々の筆力と感じました。
前の本は病気について正面から説明するものでしたが、本書は様々な歴史上の人物の健康と病気、死についてエッセイ風にまとめたものです。
歴史というものは大きな流れを作って動いているようですが、その中でその時代の中心人物とでも言うべき人が実は健康上の問題を抱えておりそれによってかなり歴史も左右されてきたと見られます。
ケネディ大統領は若々しさがその魅力の多くを占めており、そこに惹かれて選挙も勝ち抜きましたが、実は海軍従軍の当時からひどい腰痛を抱えており、終戦を前にして除隊したもののそれは病気を理由にした病気除隊というものだったそうです。
さらに、ホルモンの内分泌異常にも悩まされており、甲状腺ホルモン製剤が投与されていたとか。
レーガン大統領がアルツハイマー病にかかったということは知られていることだと思います。
亡くなる前にはかなり重症になったということですが、「大統領在任中はどうだったのか」という問題があったようです。
二期目にはしばしば物忘れをしてしまい、さらに会議中に居眠りしてしまうこともあったとか。
どうやら軽度の認知障害であったようです。
パーキンソン病という病名に名を残す、ジェームズ・バーキンソンは1755年生まれのイギリス人で、医学だけでなく古生物学や社会改革といった分野に名を残しています。
恐竜の学名として「サウルス」つまりラテン語のトカゲという言葉がよく使われますが、これを最初に使ったのはパーキンソンで、メガロサウルスと命名したものだそうです。
キュリー夫人はラジウムの研究など放射線についてのパイオニアの一人ですが、レントゲンによって発見されたX線の利用についても大きな役割を果たしました。
X線撮影装置の有効性を信じ、おりから激しさを増した第1次世界大戦で負傷した将兵を現地で診断し治療するために、車に撮影装置を載せたX線検診車というものを作り、娘のイレーヌ・キュリーと共に各地の野戦病院を巡ったそうです。
医師たちはまだその有効性を知らず、敬遠していたそうですが、負傷兵たちのX線写真で、手術前に銃弾がどこにあるかを確認しその威力に驚いたそうです。
この検診車は「プチ・キュリー」と呼ばれました。
かつて、フランスの500フラン紙幣にキュリー夫妻が肖像を載せられた時、その脇にはプチ・キュリーも描かれていたそうです。
古い時代の人物が病気で苦しみ死んだという記述が残っていることがありますが、それを見ればどういった病気かということも推定できるそうです。
古事記のヤマトタケルノミコトの描写では、ミコトの最後の状況が詳しく描かれています。
もちろん、そういった人物が実際にこのように病気になったということではないのでしょうが、別の人物の病状を借りて描写した可能性はあります。
そして養老の滝の近くで足に異常が現れます。
さらに足の異常は重くなりやがて歩くこともできずに倒れ亡くなります。
こういった症状は何の病気かということも推定できるそうです。
候補としては、行軍病、脚気といったものもありますが、ギラン・バレー症候群の可能性もあるとか。
カンピロバクターやウイルスの感染の後に発症することがあります。
ダニなどが感染症を媒介したということも考えられます。
古事記の記述は、医者の目から見ても亜急性の神経症状をそのまま記載されており一貫性があると感じるそうです。
おそらく、実際にそれで亡くなった人の状態を見て書いた人が居たのでしょう。
どのような重要人物であっても、病気に悩まされ最後は死んでいったと言う、当たり前のことがあったということなのでしょう。