この本はかなりの珍品と言えます。
著者はあの幕末から明治にかけて活躍し政府の要職も務めた井上馨と同姓同名ですが、別人で昭和初期に検事を務め、詐欺賭博について裁判記録や犯人からの直接の聞き取りを重ね、詐欺賭博というものの解明をしたという人です。
「いかさま賭博」というと、よく時代劇映画などに出てくるように博徒たちが賭博をしていると、そこで仕込んであるサイコロを使い、見抜いた主人公が「こいつはなんだ」とサイコロを割ると中に鉛が入れられており、・・・といった場面を想像しますが、この本で扱われているのは、主に大正時代から昭和初期にかけて実際に行なわれて摘発された、それよりはずっと組織的かつ悪辣なものです。
映画で描かれるのは、まだプロの博徒同士の真剣勝負というものが多いようですが、この本の事件例は、「プロの詐欺集団が一人のカモを搾り取る」というものです。
賭博の材料としては、サイコロ賭博、カード賭博(花札やトランプ)等々、中には単純なもので碁石を順番に取り去って残った数で勝負するといったものもあるのですが、基本的にカモの引っ掛け方は同じのようです。
まず、被害者となる「客」を探します。
客に向いた?人間とは、「賭博を好む」「強欲で背徳性を有す」「付和雷同で意志薄弱」「法律知識が不十分」「あきらめが早い」「相当の現金を所持し、短時間でさらに現金を用意できる」という素質が必要です。
なお、客としては、婦人はあきらめが悪く必ず波風を立てるので絶対に禁物とか。
こういったカモを搾り取るために、多くのキャストを使って舞台を整えて芝居を始めます。
この一例が「抱き落とし」という手法であるということで、興味深い筋立てとなっています。
なお、「抱き落とし」は別名「鹿追」とも言うのですが、鹿猟と同じような順序で進めるということです。
「尾引」と呼ばれる者が客の目星をつけてその財産などを調査します。
尾引が客を誘い、賭場に案内します。
そこで、被害者と同様の職業と称する「尽大」という役割のメンバーに引き合わせます。
そして、数々の芝居を演じてそこに居るメンバー同士は知り合いではないこと、偶然集まったメンバーで賭博を始めようということにします。
尽大は、金持ちだが愚鈍な様子であるように振る舞い、これから金を搾り取ることを、「客」を引き込んで行うように仕掛けます。
つまり、「客」も共犯者にして金を儲けようという下心を出させるわけです。
最初のうちは順調に尽大から金を絞っていきます。
しかし、良いところで客が失敗して尽大に儲けさせてしまいます。
ここで居合わせた共犯者が客を脅し、大勝負をして取り返すように強要します。
その最後の大勝負のところで、イカサマ専用の道具を使って間違いなく客を負けさせて、すべての財産を取り上げて放り出すというものです。
もちろん、その場に居合わせた他の客もすべて詐欺賭博の仲間です。
といった内容が、ハードカバー300ページ、しかも価格が4800円の本となっているのですが、誰がこんな本を読むのでしょうか。(私?)
それよりも、なぜこういった本を市立図書館が購入したのかが非常に不思議です。