爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「双子の遺伝子 『エピジェネティクス』が2人の運命を分ける」ティム・スペクター著

遺伝子のDNAの解析技術が急激に進歩し、手軽に安価に遺伝子解析ができるようになって、一般人でも簡単に依頼できるようになり、病気の遺伝子やら何らかの能力の遺伝子があるとかないとか、話題になってきています。

 

しかし、本当に遺伝子ですべてが決まっているのか。

そうならば、まったく同一の遺伝子を持っているはずの一卵性双生児では何から何まで同じような人生を送っているのでしょうか。

 

著者のティム・スペクター氏は遺伝学者であり、またイギリスにおいて双子研究の大きなプロジェクトを主催し、これまでに11000人以上の双子たちの研究を行ってきています。

一卵性双生児では、受精後の最初の段階で何らかの要因で受精卵が2つに別れた後に分裂を重ねて胎児となるため、遺伝子としては全く同一のはずです。

しかし、普通の兄弟や二卵性双生児などと比べてもはるかに同一性が高いとは言え、「全く同じ」などとは到底言えないと言うのが一卵性双生児の実情です。

これは、「すべてが遺伝子で決まっている」と言う仮説が成り立たないためではないか、そう結論せざるを得ません。

それが「エピジェネティクス」という仮説です。

つまり、生後成長していく過程で、遺伝子に何らかの変化が加わり、同じ遺伝子であってもその表現型は変わってくるということを示します。

 

そして、さらに興味深いことにこれは生殖細胞にも影響を及ぼします。

つまり、「獲得形質が遺伝する」ということなのです。

ラマルクがその学説を発表したのですが、長い間遺伝学ではこれを完全否定していました。

しかし、どうやらこれも全く無いとは言えないようです。

 

本書の大きな部分は、著者たちのグループが研究の対象とした多くの一卵性双生児たちにおいて、様々な性質についてどれほどの変化が起きていたかということを述べています。

もちろん、それが環境によるものではなく遺伝によって決まるかどうか、疑問のあるものも多いのですが、実際には別の環境で成長した事情のある双子でもよく似ているということがあり、遺伝の影響が強いということが確かめられます。

ただし、「よく似ている」といっても「完全に同じ」ではないということです。

これは、病気を引き起こす遺伝子、肥満遺伝子、学力やスポーツなどの遺伝子等、かなり遺伝の影響が強いと考えられてきたものでも同様です。

 

これにはエピジェネティックという作用が影響していると考えられています。

DNAも化学的な物質である以上、化学反応を起こします。

エピジェネティクスを引き起こす反応として、「DNAのメチル化」と「ヒストン修飾」という2つのメカニズムが重要と考えられています。

これらのDNAの変化は何らかの環境の影響で引き起こされ、それによってその部分の遺伝子発現に影響を与え、結果的に人間というものを変化させてしまっているのです。

 

DNAの分析が犯罪捜査に使われるようになった時、ある女性の強姦事件が発生しました。

犯人は女性の体内に精液も残しており、女性の証言から簡単に犯人は特定されるはずでした。

しかし、その犯人は一卵性双生児であり、その兄弟も一緒に住んでおり、しかもどちらも同様にその時間帯にアリバイがなかったのです。

当時の分析技術では、これだけ十分な証拠があってもこの犯人を兄弟の中から選び出すことはできず、起訴をあきらめたそうです。

しかし、この事件の例においても、現在であれば十分に判別は可能だと著者のスペクターは言います。

双子であっても成人にまで達した場合は、多くのエピジェネティクス変化が起きており、十分な資料があれば二人の判別はできるということです。

 

遺伝とは直接関係あるかどうかはわかりませんが、西洋での自閉症の増加は近年非常に多くなっているのは事実だそうです。

これが何のためか、様々な説が流され、その中に「ワクチンの予防接種原因説」というものがありました。

1998年に医学雑誌「ランセット」にMMRワクチンと自閉症発症の関連性についての論文が掲載され、その影響で世界中でMMRワクチン拒否の動きが強まり、その結果麻しんの大流行が起きて多くの子供たちが死亡してしまいました。

その後の大規模な研究でワクチン接種と自閉症発症の関連性は疑わしいということになったのですが、いまだに一般にはワクチンとの関係が信じられているということです。

 

また、これも別の話ですが、胃の内部のピロリ菌は胃潰瘍の原因となりやがて胃ガンにつながるということが言われ、ピロリ菌除去が流行しています。

しかし、これも二面性がある問題であり、長くピロリ菌と共生してきたのが人間であり、この除去がもしかしたらアレルギーの増加と関係があるのかもしれないという説もあるようです。

そのうちに、アレルギー対策のためにピロリ菌を接種するなどということになるかもしれません。

 

遺伝子については、以下の仮説が立てられてきました。著者はこれを再検討すべきときが来たとしています。

仮説1「遺伝子は人間の核心、青写真、生命の書である」

仮説2「遺伝子と遺伝による運命は変えられない」

仮説3「環境(外的要因)は遺伝子に永続的な影響を与えない」

仮説4「両親や祖父母が環境から受けた影響をあなたは受け継がない。つまり獲得形質は遺伝しない」

いずれも、これまでの遺伝学ではほぼ確定学説と考えられていたものです。

面白くなってきました。

 

双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける

双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける