発酵食品といえば、なんとなく身体に良さそうといった捉え方が普通でしょうか。
しかし、多くの人にとっては、その内容については微生物が関係しているということは知っていても細かくは分からないものでしょう。
その、「発酵」について、「発酵デザイナー」と称する著者の小倉さんが非常にくだけた口調で語って説明しているのが本書です。
小倉さんは、大学では文化人類学を専攻し、世界各地を歩き回ったという経歴の持ち主ですが、デザイナーとして発酵会社と関わったところから発酵に興味を抱き、東京農大の研究生として発酵を学んだという方です。
説明口調は非常に軽い感じを受け、都会の若者たちの興味をひくようなたとえ話を連発するという、斬新な雰囲気を受ける本ですが、書かれている内容は非常に高度な生物学の基本に基づいており、間違いないようです。
(ただし、やはりそういった高度な学問内容を説明する部分は少し文章が硬くなります)
私のような、初老を通り過ぎようとしている人間にとっては分からない表現もけっこう頻出していましたが、まあ私などは元々著者の想定読者とは違うでしょうから仕方ないか。
特に分からなかった文章が、参考図書の紹介で「静かにエモい名著」
そして、「日本酒業界関係者からするとパンク極まりない原則」
見当もつきません。
発酵の記述として面白かった点があるので紹介しておきます。
「スタンダード発酵」と「ローカル発酵」
世界各地で同じように行なわれているのが「スタンダード」で、パンやビール、ヨーグルトなどは立派に「スタンダード」を名乗る資格があるのでしょう。
それに対して、ごく狭い地域だけで享受されているのが「ローカル発酵」
発酵茶や熟れ寿司、キムチやブルーチーズも入ります。
その地域の人には愛される食品ですが、慣れない人にはちょっと抵抗がありそうです。
また、発酵の未来と人間の未来について語っている最終章は、フランスの文化人類学者レビ・ストロースの意見をひいて語られています。
「冷たい社会」と「熱い社会」というのがそれです。
「熱い社会」とは、直線的に進化する社会で、常に現状に改良と変化を求めるという現代文明のパラダイムというものです。
それに対し「冷たい社会」は円環的に循環する社会、根本的な変化が起こらない未開社会というイメージです。
完全にどちらかに属するという人は居ないでしょうが、どちらかに偏るという人は居るのでしょう。
発酵で有用な食品を作っていくという作業はやはり「冷たい」方に属するようです。
発酵食品の造り手として紹介されている、日本酒、ワイン、醤油、味噌の例はどれも本格的に昔の作り方を意識してこれまでの大量生産品とは異なる製品製造を目指すものです。
その品質は個性的なものであり、その製法の意味を知るものにとっては貴重な製品と言えるでしょう。
ただし、値段が非常に高くなる(醤油の場合は普通品の約7倍)のは仕方のないことでしょうか。
この本の軽く若者向きの口調に驚かずに読める人にとっては分かりやすい本と言えるでしょう。