爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ドキュメンタリー 豪雨災害」稲泉連著

今年も西日本の広い範囲で豪雨災害が起き、多くの人が犠牲となりました。

この本は、東日本大震災が起きた年の夏、紀伊半島を襲った豪雨災害を中心に、ノンフィクション作家の稲泉さんが現地取材を行ってまとめたものと、専門家には危険性が共有されながら、一般にはなかなか危機感を持たれない東京の低地の水害危険性について書かれたものとを一冊の本としたものです。

 

2011年、東日本大震災が起きた年の9月、台風12号の来襲により刺激された前線が紀伊半島に大量の雨を降らせました。

地震津波の被害が大きすぎたために、人々の記憶からも薄れがちかもしれませんが、奈良県南部の十津川村和歌山県那智勝浦町で大きな水害を引き起こし、100名近い方々が犠牲になりました。

那智勝浦の当時の町長のご家族が自宅で被災して犠牲となったものの、町長は災害対策にあたったという話は当時に聞いた覚えがあります。

 

4日間にわたり紀伊半島各地に降り続いた雨は、大台ケ原で2400mm、奈良県上北山村でも1800mmという大変な量に達しました。

その結果、十津川村熊野川流域では山の表面だけが崩壊するのではなく、深いところまで全体が崩壊してしまう全層崩壊が村内各地で起きました。

道路も各地で被害を受けまったく交通が遮断されてしまった地区も多く、被害の状況の把握すらできない状態が長く続いてしまいました。

役場の職員も自宅から動きが取れず役場の機能が働かないままだったそうです。

 

十津川村の南の那智勝浦町でも同様に大量の降雨量となりました。

しかし、役場の不安は南部の太田川流域に集中し、監視もそちらを中心にしてしまいました。

北部の那智川はこのところは大きな水害に見舞われていなかったために、注意が薄くなっていました。

当時の町長の寺本眞一氏の自宅もそちらの市野々地区にあり、奥様と娘さんを自宅に残したまま町役場に詰めて警戒にあたっていました。

しかし、この時の雨の降り方は那智川流域の方に集中しており、一時間100mmを越える豪雨が数時間続いて市野々地区とその下流の井関地区の各所で一気の増水が発生し、町長の自宅を含めて多くの家を飲み込みました。

 

那智川流域では、そこに住む高齢者でも水害の記憶が無いという、ここ数十年は安全であったところでした。

しかし、豪雨災害の専門家から見ればこれまでに何度も水害で流されたことが明らかな地形であり、そのような安心感などはまったく根拠のないものだったようです。

そのような思い込みのせいで、起きてしまった水害のあとの対処にも遅れがでて混乱してしまいました。

 

第3章は前の2章とは異なり、「まだ起きていない、(しかし何時起きても不思議ではない)首都圏の低地への浸水被害」についてです。

 

東京の東部、江東区などは「江東デルタゼロメートル地帯」と呼ばれる低地が広がっています。

最近ではあまり意識されていませんが、かつては地下水汲み上げの影響で地盤沈下が進み、海水面より低い地域ということで有名でした。

その後、地下水汲み上げは厳しく制限されたために地盤沈下の進み方にはブレーキがかかったようです。

しかし、地盤沈下が止まっただけだとしても、高くなっているわけではありません。

そこに、もしも河川や海の堤防が壊れて浸水したら、その被害は非常に大きなものとなるでしょう。

利根川、荒川氾濫の場合、死者も数千人に上ると言う予測がされています。

 

この地域が広範囲に水没したというのは、1947年のカスリーン台風の時のことでした。

利根川や荒川上流部の堤防決壊で、東京の下町一帯が水没し、荒川左岸は3週間にわたって水がひきませんでした。

当時はまだ被害者に対する救護も行き渡らず、厳しい生活が続いたそうです。

その後、1949年のキティ台風でも堤防決壊が起きましたが、それを最後に東京下町の水没する水害は起きていません。

 

これが、堤防を補強した効果で水害が遠のいたというのなら良いのですが、ただ単にそれを越えるような激しい集中豪雨が来ていないだけということかもしれません。

しかも、現代の東京にはかつては無かった地下街や地下鉄が無数に存在します。

そこに水が入り込んだらその被害も大変なものになるでしょう。

河川の堤防は確かにかなり補強が進んでいます。

しかし、実はそこに大きな弱点が潜んでいます。

鉄道が河川を渡る橋梁は、地盤沈下とともに下がっているのですが、それの付替え、補強ということは行っていません。

もしかすると、京成本線の荒川橋梁やJR東北線の鉄橋の部分が決壊の引き金となるかもしれません。

 

「線状降水帯」という言葉が一般にまで知られるようになった現在です。

これがもし利根川や荒川上流にかかって何日もの間豪雨が降り続いたら、相当危険な状態になるかもしれません。