爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「外来種のウソ・ホントを科学する」ケン・トムソン著

ユーモアとウイットに満ちた文章から、著述家かと思いましたが、著者のトムソン教授はイギリスのシェフィールド大学の生物学者ということです。

 

世界のあちこちで、外来種の生物が在来種を脅かし滅亡させているといったことが話題になります。

しかし、本当にそうだろうかという疑問を持つ人はあまりいないようです。

著者は、あちこちで調査をしていき、外来種の生物が在来種を滅亡させるという事態に至る例というのはほとんどないということを明らかにします。

それよりも、生物の種を増やしているということで、その土地の多様性を増しているという例の方が多いようです。

 

そもそも、生物は生物種として誕生してから滅亡するまで一つの土地に居続けるということが、普通であるとは考えにくいものです。

生物種として過ごす期間がどの程度かは種によるでしょうが、長いものでは数千万年から数億年になるものもあります。その間の地球環境を考えてみると温暖化も寒冷化も繰り返し起きていますし、大陸移動で陸が海になるということもあります。

それにもかかわらず、同じ土地でずっと行き続けている方が難しそうで、自然のままでも生物は広く移動していると考える方が実態に近いようです。

本書では最初にラクダを例に挙げています。

ラクダはどこのものか、と問われれば大抵の人は中東近辺とこたえるでしょう。

しかし、ラクダ科の動物の歴史を見ると、4000万年ほど前に北アメリカで出現し進化してきました。

その後南アメリカにも進出しますが、アメリカ大陸を出てアジアに渡ったのは氷期に地続きとなったベーリング海峡を通ってのことでした。

その後、北アフリカからアジアに広がりさらに進化したのですが、「ラクダの出身地はどこ」という質問には北アメリカというのが正解になります。

 

このように、気候の変動というものは生物の生育地域を大きく変える要因となっており、その影響を無視してその地域の生物種というものが遠い過去から同一であったかのような思い込みは間違いです。

つまり、「在来種」という生物種は限られた時間の中でだけの話であり、その時間をどの程度に取るかによってまったく違ったものを示すことになります。

 

そのような自然の生物の移動も無視できるものではありませんが、現代で人々がよく問題視するのは「人間による分散」です。

元々は現生人類も地球上すべてに広がっていたわけではなくここ数万年で隅々まで進出したのですが、動物の家畜化や植物の作物としての利用を始めたために、人間が移動するとそれについて行く動植物も増えてきました。

これらは、意図するかしないかに関わらず、人間の進出先に広まってしまいます。

コメやムギといった植物は地球上のほとんどの地域で「外来種」なのですが、それを問題視する人はあまりいません。

 

外来種を過度に敵視するというのは、1958年にチャールズ・エルトンの書いた「侵入の生態学」という本からとしています。

ただし、この本は正統的な科学論文ではなく、教科書の類でもありません。あくまでも一般向けの著作ということですが、研究者の間にも大きな影響を与えたそうです。

とはいえ、彼の著作によって湧き上がった「急成長の科学分野」すなわち「外来種侵入生物学」は実際に科学文献が出てくるまでには長い時間がかかりました。

著者の見るところどうやら科学的に何かを言えるほどの証拠が得られなかったということです。

 

アメリカに侵入した「カワホトトギスガイ」は、ハマグリの存続を脅かすとされています。実際に絶滅してしまった地域もあるようですが、しかしその本当の原因がなぜかはそれほどはっきりした事実ではありません。

実はカワホトトギスガイが侵入を始めた1980年代以前にすでに多くの環境悪化、ダム建設や富栄養化、水資源の利用などでハマグリの生育地の減少は始まっていました。

さらに、カワホトトギスガイが繁茂することでそれを食料とする水禽類などが繁殖し、結果的に湖水一体で生物の多様性が増加しているところもあります。

外来生物の繁殖イコール多様性の減少ということはないようです。

 

在来種の保護ということが言われていても、それが何時からその土地に居れば在来種と見なせるかということは定まっていません。

イギリスで言えば新石器時代以前からか、ローマ時代からか、ノルマン侵入か定説はないようです。

アメリカでも通常の解釈では「在来種」というのは1492年以前から居たものとされていますが、アメリカ原住民も植物を栽培し広域を移動したということは無視されています。

オーストラリアでも1770年にジョーゼフ・バンクスがこの地を踏んだより以前に居た生物は在来種としていますが、オーストラリア原住民が持ち込んだ可能性はここでも無視されています。

どうやら、在来性という定義そのものが人間の都合の良いようにその場しのぎで決められているようです。

 

外来種の有害性は、何らかの効果が期待されて移入された生物の場合に非常に大きくなることがあります。

人間の食用や、カモやアヒルの養殖用としてアメリカに持ち込まれたアフリカマイマイは、その地の環境が最適であったために広く繁茂するようになってしまいました。

しかし、それを食べる天敵だからと言って導入されたカタツムリの一種「ヤマヒタチオビ」はアフリカマイマイよりも他の種の小型のカタツムリの方が好みだったようで、多くの種が食べられて絶滅してしまいました。

このように、生物防御の名のもとに導入される天敵がかえって他の生物に大打撃を与えるという例は頻発しているようです。

 

外来種の侵入の被害額として、多額の金額が挙げられることがあります。

しかし、それは多くの場合はその防除として行われる施策のための費用であることが多く、放っておけば被害額もないということです。

外来種というだけで、除去しなければと思い込み、無駄な金を使うということでしょう。

 

どうやら、単純に外来種は悪者、在来種が良い者で、外来種は絶滅させねばならないというのは無駄な努力であることが多いということでしょうか。

 

外来種のウソ・ホントを科学する

外来種のウソ・ホントを科学する

 

 ただし、イギリスにおいてもこの本はどうやらかなりの論争を引き起こしたようです。