このところ毎日のように失言が飛び出しているようですが、著名なブロガーという小飼さんが様々な「失言」というものについての考察を書きました。
失言となる場合というものは至る所に転がっています。
ただし、本書冒頭にあるように、「失言は発言そのものではなく、立場が決める」ということです。
「年収100万円になっていくのは仕方がない」とファーストリテイリング社長の柳井正氏が語りました。
これがその辺の人が話したのなら誰も問題にしようともしまえんが、ファーストリテイリングという大会社の経営者としての柳井氏が言うから問題になり、失言と言われるわけです。
それでは失言リスクを減らすにはどうすれば良いか。
著者いわく、「直言を避けろ、棒読みに徹しろ」ということです。
周到に予定稿を作り、それを読み上げる以外の言葉を言わないことです。
プレゼンの天才と言われたスティーブ・ジョブズも製品発表の場では原稿を準備しリハーサルを繰り返し、一字一句まで推敲して臨みました。
著者が「棒読みの達人」と言うのは、日本の皇室です。天皇の「おことば」は周到に原稿を準備し、それ以外の言葉は決して入れません。
そして、誰もが天皇の「棒読み」を非難することはありません。いや、国民が期待しているのは「天皇は棒読みをすること」なのです。
ダシール・ハメットの「マルタの鷹」の中に、主人公のサム・スペードが黒幕のガットマンと交渉するシーンが参考になります。
ガットマンはスペードにこう言います。
「口の固い男は信じないことにしています。そういう手合にかぎって具合の悪いときに具合の悪いことをしゃべってしまうものです。日頃の訓練がなければまともな会話はできません。
「口が固い」という人は多いのですが、彼らが決して失言しないというわけではありません。かえって、普段から口を動かしていないためにいざという時に失敗してしまうようです。
バラク・オバマも演説上手で知られていますが、彼もプロンプターという装置を使っていました。
それを相手候補に攻撃されることもあったのですが、決してこれを止めるということはなかったそうです。
書いてある原稿を読んだとしても、聞く人を感動させることは十分に可能です。
すでに「失言キャラ」と認定されたような人も多数存在します。
石原慎太郎、田中真紀子、森喜朗、麻生太郎(2013年の本ですが、すでにここに認定されています)、といった人々が多数の失言録とともに記憶されています。
ただし、彼らのような政治家はまだ失言キャラとしても存在できる余地があるのですが、著者曰く、絶対に失言キャラとなってはいけないのがメディア業界人であるとしています。
その悪い例が渡邉恒雄です。
経済界でも失言は続出していますが、「失言と名言は紙一重」というのも確かであり、経営者たるものそういう強い言葉を吐くことができなければいけないという面もあります。
しかし、名言続出で多くの支持者をつかんでいても最後に大失言でコケたという人もいるようで、ワタミ創業者の渡邉美樹氏も数々の言葉で社会を虜にしていたものの、自社の社員が過労自殺をした時に「労務管理ができていなかったとの認識はありません」と口走ってしまい、ワタミのブラック企業認定に陥らせていまいました。
私のような「リタイア読書人」には縁のない話ですが、失言するという事自体社会的な立場があるということですから、少しうらやましいことかもしれません。