爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「風評被害」ってこんなところに使っていいの。津波浸水想定区域標識撤去とか。

ツイッターでフォローしている勝川俊雄先生が紹介していた、静岡新聞の報道記事です。

www.at-s.com

静岡市駿河区の、中島学区というところにあった「津波浸水想定区域」の標識を住民自治会からの撤去要望書によって市が取り外したということですが、その理由というのが

「人口減少などの風評被害につながる恐れが強い」

だそうです。

このような標識は、住民だけでなく通行人や旅行者等、地震発生時にその場に居合わせたすべての人にとって必要なものであり、それを上記のような曖昧な理由で取り外すということは考えられないことですが、市によれば、

「正式な書面で住民の要望があり、撤去はやむを得ない。さまざまな方法で周知を進め、表示方法なども検討していく」

と、これまた事なかれ主義丸出しの対応ぶりでした。

その標識には外国語での表示もあったということで、彼らにとっては生命に関わる問題かもしれません。

 

 

だいたい、「風評被害」というものには色々な内容のものを含んでいるでしょうが、一番多いのは「なんとなく怖いからやめておこう」というもののイメージでしょうか。

 

福島原発事故以降の被災地周辺の農水産物がいくら科学的分析で大丈夫といっても売れないとかは分かりやすい例でしょうが、ちょっと分かりにくい使い方も数々あります。

 

例えば、昨年の阿蘇山噴火の際の地元温泉街で使われた「降灰があるという風評被害」なんて言ってましたけど、現地の人たちには申し訳ないけれど「実際にあるんじゃん」と思っていました。

 

いずれにせよ、冒頭の静岡における津波浸水の被害予想は風評などという言葉で表せるものではなく、実際の危機であるのは確かでしょう。

 

まあ、どこでも似たようなものでしょうが、自治会の意見などと言っても住民の総意などということはなく、一部の役員だけが独断で決めただけで、ほとんどの住人は何も知らなかったのでしょう。

 

 しかし、風評被害を起こすというのは正当な理由なく行動する人々に責任があると思いますが、それを理由として情報公開を妨害するというのはさらに重い責任が生じる行動でしょう。

 

東南海地震が近づいているという今日このごろ、タイムリーな話題でした。