爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「J.G.バラード短編全集5 近未来の神話」J.G.バラード著 柳下毅一郎監修

ニューウェーブSFを主導したと言われるJ.G.バラード(1930-2009)の短編作品をすべて収めた短編全集が、東京創元社から刊行されました。

 

バラードの短編は1956年から1996年まで、98篇が発表されていますがそれを5冊に収めています。

本書はその第5巻、1977年から1996年までの作品です。

 

バラードが創作の初期の頃に自分の作風について述べた言葉は、

最初の真のSF小説とは、アムネジア(健忘症、あるいは記憶を失った)の男が浜辺に寝ころび、錆びた自転車の車輪を眺めながら、自分とそれとの関係の中にある絶対的な本質をつかもうとする、そんな話になるはずだ。

というものがあったそうですが、この後期の短編集の作品にもその傾向は変わらずに残っているように感じられます。

 

彼の小説は難解と感じてしまいますが、そこには登場人物の状況をあえて細かく紹介せずにその心理のみを書いていくからという理由もありそうです。

 

SF的な仕掛けはふんだんに散りばめながら、そこに置かれた人物たちは現実社会の我々の持つような感覚のまま存在する。

そのために、読んでいる読者も感情移入しやすいように思わせながら、そこかしこに出てくる異常な事態に翻弄されるのでしょう。

 

収められた作品「太陽からの知らせ」の中でも、「遁走」という言葉が重要な役割を果たしているにも関わらず、最後までその正体を明かすことなく話を進められてしまう。

どうやら、全人類が感染した病気のようですが、はっきりとは分からないまま、しかしもしも我々もその状態に放り込まれたら登場人物のように振る舞うのだろうと思わせます。

そういったことがバラードの作風となっているのかもしれません。

 

非常に実験的な小品も収められています。

「百の質問への回答」では、どのような質問かということは一切触れず、ただそれに対する回答のみを羅列しています。

それが誰に対する質問なのか、どうやら彼は殺人事件の被告らしいということ、そして彼が殺したのが救世主?らしいということは分かるのですが、それ以上の説明はありません。

作品として楽しめるかどうか、それを度外視したようなものとなっています。

 

バラードが活躍した時代というものが、ちょうど私がSFなどをよく読んでいた青春時代と重なります。当時の雰囲気と自分の若さを懐かしく思い出しました。