三代の八代城の中で最新のもの、松江城を訪ねてみました。
ここは江戸時代初期に麦島にあった八代城が地震で倒壊した後に、加藤氏の家臣加藤正方によって1622年に建てられた城です。
しかし、1672年には落雷により城は焼失、その後も再建はされませんでした。
明治時代になり城跡の多くは破壊されましたが、辛うじて本丸部分のみは残り、八代宮という神社が建てられています。
城があった当時の地図ですが、現存するのはこの中央部分の本丸とその周囲の水堀のみです。
その周辺は既に市街地となっており、地名として北の丸、二の丸というものは残っています。
これは本丸周囲の石垣を南側の堀越しに見たものです。
石垣は石灰岩のため洗えば白くなるのですが少し汚れて灰色になっています。
東側の石垣の上から撮りました。手前の下はクランク状に中への入り口となっています。
北側から、堀越しに見た石垣です。中央部分にクレーンが見えるのは、熊本地震で石垣が崩れたためにその修復工事をしているところです。
地震では震源地から少し離れていたために被害は少なくてすみ、この石垣とこちらから見て左隣の市役所建物が崩れた程度でした。
江戸時代初期の地震ではこの城の前身の麦島城が石垣まで崩れていますので、その時の揺れはもっと大きかったのでしょうか。
観光資源として利用価値を高めようとしていますが、残念ながら本丸部分だけしか残っていませんので、ちょっと狭いようです。
しかし、堀の中を小舟で回るということを始めています。