爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」ピーター・D・ウォード著

ヒマラヤ山脈の頂上付近では酸素が薄くて人間は酸素マスクで吸入しなければ生きていられません。

しかし、そこで上空を見ると渡り鳥が飛び去るのが見えます。

そこは山の上よりもさらに酸素が薄いはずですが、それでも鳥たちは平気で飛行を続けています。

どうやら、鳥類というのは哺乳類より低い酸素濃度に対しての耐性があるようです。

 

地球科学や地質学、古生物学が近年非常に発展してきており、驚くべき事実が明らかになってきています。

現在の地球の大気では、酸素濃度は約21%。これはほとんど変動することもなく一定と考えられています。

しかし、それが地球の過去でも同様であったわけではないようです。

もちろん、原始地球では大気中にはほとんど酸素はなく、光合成生物の働きによって徐々に増加してきたということは間違いないのですが、それがある程度の濃度に達した後にもかなり大きく変動していたようです。

 

動物が爆発的に進化したカンブリア紀に入る前、5億5000万年前には酸素濃度は約20%弱にまで増加していました。

しかし、その後のオルビドス紀には15%程度にまで低下します。

そこから徐々に増加していき、デボン紀の初期4億1000万年前には25%まで達します。

そこから酸素濃度は急落、13%になります。

その後、急上昇し30%以上まで達し、ベルム紀の2億6000万年前が最高となります。

再び急落、15%へ。

ジュラ紀初期の1億9000万年前が最低で12%、そこから徐々に上昇して現在に至る。というのが酸素濃度の変化です。

 

これは実に大変な変化であり、たとえばジュラ紀初期といえば爬虫類や哺乳類の先祖も出現している時代ですが、大気中の酸素濃度が12%といえば現在では高山よりも薄い濃度であり、とても生存できる状態ではありません。

そのような環境で生存していたのが恐竜の祖先であり、その身体の構造は薄い酸素濃度に適したものだったはずです。

 

カンブリア紀爆発、つまり動物の初期の多様化に対応した進化というものが起きた時は、酸素濃度レベルは13%だったのですが、二酸化炭素濃度は現在よりはるかに高く20倍以上の濃度でした。

そのために、温室効果により気温も高かったのですが、そうなると水中に溶解する酸素濃度は低くなるので、海水中の酸素レベルはさらに低かったようです。

ほとんど無酸素状態のところもあるような厳しい条件が海水中の生物の進化をもたらしたというのが著者の主張です。

 

石炭紀と呼ばれる、3億3000万年前から2億6000万年前の頃には酸素濃度が非常に高くなりました。

この時期には大陸の移動でちょうどすべての陸地が一つに固まったようです。

そのために新しく進化した樹木が大量に陸地に繁茂しました。

それらの樹木はある程度成長するとすぐに倒れて積み重なっていったようです。

その当時はまだ樹木の成分であるリグニンやセルロースを分解できる微生物は存在しませんでした。

そのために多量の木材は何重にも積まれ徐々に地中に埋まっていきました。

この大量の炭素(木材組織も多くの炭素です)や他にも黄鉄鉱などが地中に堆積することにより、大気中の酸素濃度は上がり続けました。

この高濃度酸素のために陸上の生物は巨大化しました。

数メートルにもなる昆虫類が出現したのもこの時期です。

ただし、進化という点では停滞しました。このような生存に有利な条件は進化を必要としません。

 

その後、2億5000万年前の頃に途方もない規模の生物の大量絶滅が起きています。

これをペルム紀絶滅と呼び、大量絶滅の中でも最大規模と考えられています。

この時期に、大気中酸素濃度の急激な下落が起きています。

大量絶滅の原因については諸説あり、小惑星の衝突という説もありますが、今のところその確実な証拠は得られていないようです。

著者の考えでは、石炭紀後期からペルム紀にかけて酸素量の増加を招いた樹木の大量発生ということが、逆にこの時期になり二酸化炭素の大気中濃度の低下を引き起こし、樹木を含めた植物バイオマスの量の急激な現象を招いたのではないかということです。

これにより、大気中に発生される酸素量は激減し、大気中酸素濃度も低下しました。

実にそれは、大気中濃度が30%から15%まで半減するというものでした。

酸素呼吸の生物であればこの低下には耐えられなかっただろうということです。

 

 ペルム紀の次の三畳紀には酸素濃度はまだ低いままですが、生物のほとんどが死滅したあとということで、それを埋める方向性が出て爆発的な進化が起きます。

恐竜の祖先が様々な進化を遂げるのですが、それはあくまでも低酸素を生き抜くための機能を備えた上でのものだということです。

それが、現代の鳥類にも備えられている気嚢システムという効率的な酸素獲得機能だということです。

恐竜にも気嚢があったかどうか、まだ確定はしていないそうですが、著者はこれは鳥類にも受け継がれているものが恐竜時代に低酸素状況を生き延びるためのシステムであったと考えています。

 

恐竜の時代を終わらせた6500万年前の大絶滅はおそらく小惑星の衝突によるものだろうということはほぼ学説も一致してきているようです。

そして、その後徐々に酸素濃度は上昇していき、それが哺乳類の繁栄につながったようです。

 

このように、どうやら動物類の進化というものは地上の酸素濃度の上下というものに深く影響されているというのが著者の主張です。

これは、動物のボティ・プランというものにつながっています。

さらに、この後も酸素濃度は不変ではありえません。

どうやら、地上の大陸の移動でそれは大きく変わるようです。

今から2億年あまり経つと、かつてのように再び大陸は一つにまとまるそうです。その時にまた酸素濃度低下が起きるのかどうか。まあ人類はそこまではもたないでしょうが。

 

恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた (文春文庫)

恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた (文春文庫)

 

 原始地球にはほとんどなかった大気中酸素というものが光合成生物の働きで上昇しそれが生物の進化につながったということは知ってはいましたが、その後も大きく変動しそれが動物の進化に影響を及ぼしたという推測は驚きでした。

まだ学説が固定したとは言えないでしょうが、真実はここに近いかもと思わせられるものでした。