寒天と言えばところてんにして食べたり、サイコロにしてみつ豆に入れたりというところでしょうか。
最近は健康にも良いということで食べている人もいるようです。
ただし、私達のように微生物学や生化学をやってきた者にとっては別の見方もあります。
それは、微生物培養の培地としての寒天培地であったり、DNAなどの電気泳動の担体としてのアガロースゲルとしての方が馴染みがあるかもしれません。
しかし、寒天も電気泳動用などは非常に精製されていて高価であるとか、培地用でも精製度合が色々とあり値段もピンキリとかいうことは知っていても、寒天自体がどういうものかということは、それほど詳しいわけではありませんでした。
この本は、長野県工業試験場などで寒天に関する研究に長らく従事してこられた著者が、主に食用の寒天類(これも色々と種類がありそうです)について様々な面から解説されているものです。
「健康のため」として食べている人も少し知っておいた方が良いこともありました。
寒天の良さというものは「水分をツルルンと固めてさわやかデザート」ということです。
かなり薄い濃度で寒天を溶かすだけで室温でも固まり、そのまま安定しています。
牛乳やジュースなどを固めて夏のデザートにも最適ですし、健康にも良さそうです。
寒天に類するものとして、ゼラチンやペクチンも使われますが、ゼラチンは7%という高濃度にしなければ固まらず、さらに固まる温度と溶ける温度がほとんど変わらないという使いにくさです。
ペクチンも欧米ではよく使われますが、高濃度の砂糖とクエン酸を入れなければ固まらないものです。
それと比べると寒天は良質なものならわずか0.1%濃度でも固まります。これは1000倍量の水を含んで凝固できるという素晴らしい性質です。
その食感も食品としての重要な要素ですが、これは寒天の種類によって微妙に異なるようです。
しなやかさと弾力があり、ツルンとした舌触りと切れの良い歯ざわり、なめらかな喉ごしがあるものが優秀品とされています。
寒天のこのような性質を作り出しているのは、その化学構造にあります。
寒天は、D-ガラクトースという単糖とアンヒドローLーガラクトースという単糖が一分子ずつ結合したアガロビオースという二糖類が一単位となりそれが長く連鎖してできています。
これを「アガロース」と呼び、寒天の化学構造を指しています。
また、アガロース以外にも少し構造の異なる不純物が含まれていますが、これら「アガロペクチン」と呼ばれる化合物が、実は寒天の中でも健康に良い機能性成分なのです。
アガロース自体も食物繊維としての機能性はありますが、コレステロール低下効果の強いのはアガロペクチンでした。
ただし、アガロペクチンを多く含む寒天は凝固性が低下するためにこれまでの寒天製品としての評価は低かったようです。
寒天の製造法は、よく知られているようにテングサをよく煮て(硫酸を適度に加えると寒天を多く抽出できる)布で濾し、それを固めた粗製のところてんにします。
それを昔は寒冷地で凍らせては乾燥するということを繰り返し乾燥寒天としたものです。
その後、工業的には冷凍機と乾燥機を用いて作るようになりました。
ただし、現在ではそういった寒天とは異なる物質が類似品として出回っています。
伝統的に寒天を作っていた「テングサ属」の海藻以外にも、「オゴノリ属」「イギス属」という海藻も古くから使われています。
実はこの「オゴノリ属」の海藻が現在では「粉寒天」の主要原料となっています。
また、これらの海藻は大きく言えば「紅藻類」という種類の海藻なのですが、その中にはツノマタ、キリンサイといった海藻もあり、これらは寒天とは異なるものの粘性多糖類のカラギーナンの原料として使われています。
オゴノリが寒天の原料として使われるようになったのは、1950年ごろからで、東京湾で大量発生したためにそれを何とか利用しようとして「オゴノリのアルカリ処理法」という方法が開発されたのが契機でした。
これを「処理オゴ」と呼んだのですが、この処理オゴは工業的な乾燥法である圧搾脱水法と結びついて工業製品の粉寒天が誕生しました。
世界的に見るとこちらの方が現在の寒天の主原料と言えそうです。
なお、他の寒天類似物質にも色々のものがあります。
カラギーナンは上記のツノマタ等の海藻から取れ、寒天の弾力はないもののコレステロール低下作用はかえって強いようです。
ジェラン・ガムというシュードモナス属の細菌が作り出す粘質成分は、増粘多糖類としてカップゼリーなどの加工食品には多用されています。
グアガムという、マメ科植物種子の成分も増粘多糖類としてよく使われています。
食品としての寒天の優れた特性や、その食べ方なども詳述されていますが、そちらはここでは省略しておきます。
ただし、家庭で作る「低温酸処理による絶品の心太づくり」というものだけ少し引用しておきます。
これは、10倍希釈の食酢を15℃の温度にしてそれにテングサを浸し2時間置く。
それをよく水洗いし、水のpHが中性7.0となるまで十分に酸を落とす。
それを加熱し1時間煮熟する。この間pHが徐々に低下することがあるので頻繁にpH測定をして、6.0以下に下がったらすぐに炭酸ソーダ水溶液を加えて中和する。
テングサがどろりとしたら濾布で濾し、その溶液を固めると絶品のところてんになる。
ということです。