小説家戯曲家として有名な井上ひさしさんですが、日本語文法にも造詣が深く、何冊かの本も出されているようです。
これはその一冊ですが、とは言え堅苦しい文法解説ではなく、様々な文法上の問題点を取り上げたエッセイとなっており、その中で巧みに文法解説もこなしているという、手の込んだ作りになっているようです。
たとえば「擬声語」を語る時にはまず最初に、「ゴルゴ13」の一節を取り上げ、「ジェット旅客機がグオオーと飛び、自動車がブィーと疾駆し」と示したあとに、日本語において擬声語、擬態語など自然音の模写というものが江戸時代にもいやというほど行われてきたという例を取り上げています。
それは、実はさらに時代を遡った鎌倉時代にも見られ、源実朝の和歌にもそれが見て取れるとか。
そして、そのような重要な働きをする擬声語というものを、現代の文法教育ではほとんど取り上げていないということにも言及しています。
漢字とローマ字を取り上げている章でも、その卓見は並の文法学者などよりよほど優れているようです。
ヨーロッパ系の言葉では「音声中心」が圧倒的であるのに対し、日本語の漢字かな交じり文というものは世界で唯一の映像文字である漢字を用い、文章を見て瞬時にその意味を取れるという優れたものです。
一時はアルファベットを用いた国際化などということが言われましたが、それに対しては「日本人がおたがいのために漢字混じりの仮名文で読み書き話し合う。そのどこがいけないのだろう。これで孤児になるというなら、孤児で結構、大結構」と言い切っています。
白川静さんは「漢字はもはや中国からの借り物ではない。訓読できるようになった瞬間からわれわれのものになったのである」と言ったそうですが、それに対し井上さんは次のように言いたいとか。
「政治家よ、字をいじるな。票でもいじっていろ」
軽い感じで書かれた文章ですが、その内容には非常に深いものを感じさせます。