環境保護、自然生態というと人間の手の入らなかった頃の本来の環境に戻すのが当然というのが多くの人の観念であろうと思います。
その点について大きな疑問を投げかけたのがこの本で、なんと巻末の解説は自然保護派とも言うべき慶応大学名誉教授の岸由二さんが書いていますが、「現代生態学の核心的なテーマを扱う不思議な本が登場した」と言っています。
岸さんの解説は、続けて「古い生態学の中心概念と思われていた生物群集を重視する生態学は全体論哲学に貫かれていた。撹乱されることなく保持された手付かずの生態系は、遷移という歴史法則によって”極相”という完成形に至る」
「その理解からすれば、生態系から離脱した外来種はバランスを喪失する。外来種によって撹乱される生態系も混乱を生じ崩壊することもあるというのが中世的と言える生態系理解であり、その下では守るべき価値のある自然は在来種のみである。」
「しかしビアスは外来種がみごとな安定性を示す生態系を作ることを示し、外来種がうまく相互適応する方が普通なのだと書いている」
としています。
岸さんは本書のビアスの主張には批判を持っていますが、しかし現状の「手付かずの自然絶対」という中世的自然保護論にも組みしていないということです。
それでは、その問題の書の概略を見ていきます。
本書はまず、南大西洋のアセンション島の自然について記しています。
アセンション島にはわずかな住民と軍関係者が住むのみで、ほとんどが原始林で覆われているようです。
しかし、これら太古のままの自然のように見えるものは、ほとんどすべてが外来生物だということです。
1836年にビーグル号が寄港した時には、この島はほとんど丸裸でした。その後イギリス軍が守備隊を置き、彼らが持ち込んだ動植物が原始林のように見える自然を再構築してしまったのです。
ヨーロッパ人による新大陸の発見という出来事はその後の両大陸の動植物の大規模な交代をもたらしました。
人間の移動に付随したり、気まぐれで持ち込まれた外来種というものには厳しい見方がされても、食料や有用品になる動植物の移動はあまり批判されてはいないようです。
ジャガイモやトウモロコシ、トマトは旧大陸の食料供給に役立ち、アメリカに持ち込まれた家畜は重要でした。ヨーロッパ種の牛にやるにはヨーロッパの牧草がよいということで、牧草までもが持ち込まれました。
アメリカ大陸にはヨーロッパ人がやってくるまではミミズもいなかったそうです。最後の氷河期の氷河の動きが激しすぎて土壌ごと削り取られてしまったのです。
そのため、アメリカの森には落ち葉が厚く積もっていました。それがミミズの繁殖により無くなってしまい、サンショウウオや鳥の一部が絶滅したそうです。
新大陸発見後はアメリカもヨーロッパもどちらの自然?も外来種により大きく変化してしまいました。
しかし、ヨーロッパ人が入り込む前のアメリカが自然そのままであったということではありません。
それ以前にアジアから人々が渡ってきた時からすでにそれ以前の自然とは違うものに作り変えられているのです。
熱帯のジャングルでも、大洋の中の離れ小島でも、人間の影響のない自然というものは実はほとんど存在していないのです。
それを知らずに、ほんのわずか前までの自然があたかも「手付かずの自然」のように思い込み、それ以降に入ってきた「外来種」を目の敵にするいわゆる「自然保護」派が数多く存在しています。
イギリスにイタドリが持ち込まれたのは、観賞用としてでした。
日本ではそれほど繁茂するというほどではなかったのですが、イギリスでは対抗する植物が乏しいためか街中に広がっているところもあるようです。
ウェールズ南部のスウォンジーという町は特にイタドリが繁茂していて他の植物が見られないほどだそうです。
しかし、これもどうやらイタドリ自体が問題ではなく、土地の産業(銅鉱山)が衰退し土壌も荒廃してしまったためにそういった土壌に強いイタドリが繁茂しやすくなっただけのようです。
そのイタドリ繁殖を「生態系を損ない、生物多様性を低下させる」として駆除しようとしています。そのための予算が年間300万ドル。
イタドリ自体、それほど有害なものではなく、日本では食用にもしています。なぜそれほどまでに金を掛けてまで駆除しなければならないのか。
「アメリカでは日系人が湯がいて食べる。私達も試してみる価値はありそうだ」としています。
外来種駆除のために、生物的防御(いわゆる天敵防除)が実施されることもあります。
しかし、サボテンの一種オプンティア・モナカンタを駆除するためにアルゼンチンマダラメイガを使ったカリブ海の国々ではガが増えすぎてアメリカまで広がってしまいました。
サトウキビの害虫防除にオオヒキガエルを導入したオーストラリアでは、放されたヒキガエルは害虫など見向きもせずに畑から出て他の虫や小動物、はてはクロコダイルまで襲うようになりました。
どうも、「外来種の無かった手付かずの自然」などというものはこれまでも存在しなかったようです。
それでもそういった自然を取り戻したいと言って活動している人たちが多くいます。
彼らはいったいどこまで古い時代に戻りたいのでしょうか。
自然保護派の好きなイギリスの湿地帯ができたのは5000年前の初期農業の時代です。それ以前はイギリス全体は氷河に覆われていました。
オランダでは北海を干拓してつくった湿地帯を自然に返すことにしました。つまり堤防を開けて海に戻すということです。
アメリカではバイソン復活の努力が続けられています。しかし単に農場で飼育されているのと同様で、しかも「バイソン・バーガー」が売りというのでは、ただの牧畜業です。
自然が破壊されているのは間違いのないことでしょう。しかし、どのような自然に戻すのが良いのかということは、簡単なことではないようです。
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確かに、日本の湖などでブラックバスが放され在来種を食べるという被害があるのは事実でしょうが、ことさらに「外来種」排斥というのも何か疑問を感じていました。
まあ、何でも放っておくということではないのでしょうが、よく考えなければいけないところでしょう。
それにしても、最大の「外来種」であり、最大の「環境破壊者」は間違いなく人類です。なにしろホモ・サピエンスは5万年前にはアフリカ以外にはいなかったのですから。