日本ではお酒には酒税という税金がかかっているということは誰でも知っていると思いますが、細かくはわからないものと思います。
これも仕事をやっていく上では大変なものでした。
酒税は現在ではそれほど大きな位置を占めるものではありませんが、明治時代には国税のかなりの割合を占めていました。
1902年には国税全体の42%であったそうです。
そのため、その取締も非常に厳しいものでした。
酒税は「蔵出し税」と言われ、消費税などが最終消費者が払ったものを小売業者が納入するのに対し、「製造業者が出荷した際に課税される」という特徴を持っています。
このため、国としては取りはぐれが少ないという利点があるのですが、製造業者に一番負担がかかるということになります。
これは納税義務があるということだけではなく、様々な記録をきちんと残して置かなければならないということでもあり、そちらの負担も大きなものでした。
就職して工場に赴任した頃はまだ、工場内に税務署署員の駐在施設というものが残っていました。
当時はさすがに常駐の署員という制度は廃止されましたが、かつては何かする度にここに署員を呼びに来たということでした。
しかし、常駐の税務署員という制度がなくなった代わりに、製造者側の記帳義務はさらに厳しくなりました。
原料購入から始まり、それを使っての発酵生産、出来上がった酒類の数量、貯蔵中の減少(蒸発)、充填包装時の減耗など、ありとあらゆる記録を取っておくわけです。
数年に一度は国税局による酒税検査というものがあり、その時には会社を挙げての対応に追われたものでした。
酒税の事務というものは、すべて酒税法とそれに関連する施行令、施行規則などに書いてあると考えられるかもしれませんが、そういうものではなく、実際の運営は税務署に一々聞かなければ分からないということが常でした。
そのため、税務署に何か問い合わせる際は必ず記録係を置いてあちらの言うことをそのまま記録するということもやっていました。何しろ文書ではくれないもので。
私のやっていた品質管理業務での酒税との関わりでは、毎日実施する「利き酒」(味見)用のサンプルの問題がありました。
一回に数百mlといった程度の量ですが塵も積もれば山となるです。
その記帳がなかなか揃わずに苦労したものでした。
他の会社では、その分は「課税」してしまい処理するという話も聞きました。そうすれば幾分かは楽になるようです。
会社では酒税事務というものをなかなか整理することができず、昔からの申し送りで決めたというようなやり方が残っていました。
そのため曖昧な点が多く問題も発生しましたので、その頃に酒税に関して勉強し直し「酒税事務マニュアル」のようなものを作り直そうということになりました。
その仕事も一番暇そうな私のところで担当するということになり、苦労しながら作ったものです。
しかし、その職場を離れてしばらくしてから、まだ勤務していた後輩に聞いた所「マニュアルまだ使っています」と言われ非常に嬉しく思ったものでした。