内田さんの著書は前に読んだことがありますが、なかなか筋の通った思想家という雰囲気です。
この本は内田さんが「AERA」に6年半にわたって月2回連載していた「900字コラム」をテーマごとに並べ替えてまとめたものです。
あとがきにも書かれていますが、「900字」という文章は簡単に書いて終わりというものではなく、「いささかの工夫がいる」とのことです。
ワンテーマを取り出してそれに寸評をつけただけでは字数が余る。しかし主題を論じて複雑な思弁を弄するには字数が足りない。という程度だそうです。
そこでどうするかと言えば、冒頭にあるテーマを提示して、「今日はこんな話をします」と出したら読者が「じゃあこうなるかな」と思った方向には絶対に書かないことだそうです。
まあそのテクニックはともかくとして、政治経済から教育、国際関係等々いろいろな方面に興味深い話を一味ぴりっと効かせて語るという、短文ながらなかなか手の込んだ、味わいのあるものとなっています。
そのような文章や構成の手練手管は実際にこの本に触れてもらわなければわかりませんが、内容で興味惹かれたところだけを抄録しておきます。
☆成果主義・能力主義のブームがようやく終わったようだが、「眼の前の成果に対して即金で報酬を与える」というモデルに基いているので、「待つ」ことができない。
それに対し終身雇用・年功序列の美点は「育つまで時間がかかる人」を放し飼いにしておけることである。ただし、さっぱり仕事のできない若者が「ただの無駄飯食い」か「大器晩成」かは長い時間が経たないと分からない。
上手いですね。ワクワクするほど。
☆某出版社から雑誌のコンセプトについて相談を受けた。「どういった読者をターゲットにすればよいか」というから「それがいけないんじゃないの」と答えた。
ターゲットを細分化しそれに合わせようとすると読者の集団の消長に左右されるだけだ。
ごもっとも。なんですが。
☆原水禁世界大会でオリバー・ストーンが日本の戦後政治をきびしく批判するスピーチを行なった。しかし日本のマスメディアはこのことをまったく黙殺した。
ストーンは「日本は戦後すばらしい映画・音楽・食文化を示したが、ただ一人の政治家も総理大臣も平和と道徳的な正しさを代表したところを見たところがない」と語り、さらに「日本はアメリカの衛星国であり従属国に他なりません。あなたがたは何のためにも戦っていない」を続けた。
☆世界的に格差拡大と若者の雇用悪化が続いている。世界中で同じ抗議運動が広がっているということは、全世界的に同様の社会状況が生じていることを示している。
にも関わらず、日本の政治家や財界・メディアは「さらなるグローバル化」と唱えるばかりである。
しかし、この20年の状況を見てみればグローバリストたちが「ここに資源を集中せよ」と強調する「ここ」とは「彼ら自身のところ」に他ならないということだ。
短文ながらきれいに論点をまとめ、さらに読者にちょっとした驚きを示すという、非常に高度な芸を見せてくれました。