爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「科学者の目、科学の芽」岩波書店編集部編

これは岩波書店発行の雑誌「科学」に掲載されたエッセイをまとめ再構成されたもので、著者は様々な分野の学者、研究者です。

その多くは自分たちの専門分野の知見から一般社会に広げて見る視野を紹介するというスタイルになっています。

 

まあすべての研究者がこのような文章を書くことができるとは思えませんので、中でも選りすぐりの方々なのでしょう。

それでも、面白いもの、そうでないものはあるようです。どれとは言いませんが。

 

面白かったものからいくつか紹介しましょう。(紹介できなかったものは全部面白くなかったとは言いません)

 

 

 

京都大学教授で生態学が専門の加藤真さんの「人魂の行方」です。

夜は漆黒の闇であるのが普通であった時代には、人魂(ひとだま)と呼ばれる闇の中でほのかな光を放ちゆらめくものがよく目にされました。

昔はもちろん、「亡くなった人の魂がただよっている」と考えられていたのですが、その後科学が広まってくると、「リンやメタンが燃えている」とか、「プラズマ」とかいった科学的解釈も提唱されましたが、どれも信頼できる説明ではありませんでした。

 

ただひとつ確かなのは、かつては頻繁に目撃されていた人魂が明治以降急速に目撃されなくなったということです。

また、数は少ないものの体験談として、人魂を捕虫網ですくったという人の話もあり、すると小さな虫が大量に捕れたということです。

他にもこういった報告をする人は居て、どうもその虫はユスリカであったようです。

さらに、ユスリカに発光細菌が寄生しているということもあったようで、こういったユスリカが密集して飛び立つ蚊柱という現象が起きるとまさに「人魂」のように見えるだろうということです。

しかし、池や沼と言った水環境は急激に失われまたその水質も悪化し、ユスリカも発光細菌も生息しづらい環境になってしまいました。

 

日本列島にはかつては広く氾濫原と言われる地域が残っており、そこには低湿地を好む生物が大量に生息していました。

オニバス、ムジナモなどの植物や、ミナミトミヨ、アユモドキなどの水生生物ですが、こういった生物はほとんど絶滅してしまいました。

もしかしたら人魂を作っていたユスリカや発光細菌も同様の運命をたどったのかもしれません。

 

 

 

東京大学でカラスの研究をしている松原始さんは「あの日カラスは応えたのか」です。

小学校の頃、松原さんは家の上空を飛んでいくカラスを眺め、カア、カアと鳴いているのを聞いてカラスっぽい声を真似し「カア、カア」と鳴いてみたそうです。

するとカラスも空から鳴き返してきました。

カラスたちを見送りながら松原さんは自分がドリトル先生シートンのようになったような気分を味わいました。

 

これがご本人の進路を変えたとまでは言わないものの、ある程度の影響はあったのか、その後大学院からカラスの研究を始めてみると、子供の頃の経験には大きな疑問があったことに気づきました。「果たして、カラスは本当に私の鳴きマネに反応したのか」

そして、その後もカラスの生態研究を続け、音声プレイバック装置を使ってカラスを探すという方法で実地研究をしているそうです。

まだまだカラスの反応を解析するというところまでは行けないそうですが、どうやら「あの日カラスは私の声に応えたかもしれない」という感触は持っているそうです。

何か、子供の頃の体験をそのまま続けて研究されているという、実にうらやましい人生が垣間見えます。

 

 

「生存のジレンマ」地球流体力学がご専門の木村龍治さんの文です。

捕食者から身を守るためには透明になるのが一番なのですが、そうすると生殖の対象の相手からも見えなくなります。

このジレンマを乗り越えようとして、海洋プランクトンのカイアシ類のサフィリナという種のオスは透明な外皮の内側に1ミクロンほどの6角形のタイルを敷き詰めたような構造を持っています。

その構造に光が当たるとある方向に光を放射し輝いて見えます。これは物理学で言う干渉光で、メスは特定の方向にいるオスを見つけることができますが、その他の方向から見るとオスは透明にしか見えません。

 

また北海道奥尻島の近海はホッケの生息地ですが、ホッケはプランクトンを食べています。

5月にプランクトンが大発生するのですが、プランクトンは海岸近くに浮いているのでホッケは海底から水面まで泳いでいかなければならないのですが、すると海面近くに待ち構えているカモメなどの鳥に襲われます。

それを避けるため、ホッケは数万匹の群れが集まって一斉に海水を下に蹴り、水流を起こして水面のプランクトンを海底に引き込むということをするようになりました。

これで、水面まで浮上しないでプランクトンを食べることができるようになりました。

 

ただし、カモメという天敵は回避できましたが、最大の天敵「漁師」にとってはホッケの居場所がすぐわかるという最悪の状況になり、獲られ放題になってしまいました。

 

他にも楽しい話が満載です。

科学者もこういった話を一般人に伝えられるような能力があったほうが良いですね。

 

科学者の目、科学の芽 (岩波科学ライブラリー)

科学者の目、科学の芽 (岩波科学ライブラリー)