うなぎが絶滅の恐れがあるということで様々な動きもありますが、この本はうなぎの完全養殖を目指して研究を進めている一線の研究者たちがその最先端の状況をそれぞれの専門分野で書かれているものです。
多くの魚類で養殖が行われていますが、卵子精子の採取から受精、孵化、稚魚の生育など様々な段階のものがあり、その中でもうなぎは稚魚(シラス)から後の段階のみが養殖可能であるにすぎず、受精はおろか孵化直後の稚魚の育成も難しく完全養殖はまだまだ先の話です。
そのため、シラスの漁獲量が減少する中で養殖自体も困難になろうとしています。
多くの研究者を含む農林水産技術会議のプロジェクト「ウナギの種苗生産技術の開発」が実施されており、水産庁などの調査船によるマリアナ海域への調査航海なども実施され効果は上げているようですが、それらも含め各段階の研究成果をまとめたものが本書となっています。
ウナギは河川に暮らしており昔から身近な魚として親しまれてきましたが、その産卵は誰も見たことがありませんでしたし、抱卵している親魚の確認もできませんでした。
そのため、どこか遠く離れたところに産卵場があるだろうとは考えられていましたが、それがどこかは不明でした。
このプロジェクトではその正確な場所の特定ということにも力を注いでいます。
ウナギの生活史は次のようなものです。
海のどこかで生まれます。
孵化したすぐの前期仔魚は「プレレプトセファルス」と呼ばれます。この時期はまだ餌を食べずに卵黄を栄養として吸収します。
外界の餌を食べ始めると「レプトセファルス」と名が変わります。目以外は色素がなく透明です。成長しながら海流に乗って沿岸に向かって運ばれます。
60mm程度に成長すると変態をします。変態したものが「シラスウナギ」です。ここまで約半年かかっています。
シラスウナギは陸地の河口域に着底しそこで成長し「クロコ」となります。
クロコは川を遡上し住処を見つけて定着します。
雄で数年、雌で10年ほどすると成熟が始まります。すると川を下り海へ出て産卵場までの長い旅をし、そこで産卵して一生を終えます。
世界のウナギの産卵場がすべて解明されているわけではありません。
大西洋のサルガッソ海、太平洋のマリアナ海域、フィジー海域、インド洋のマダガスカル沖などはその可能性が高いと考えられていますが、細かい場所の特定までは困難でした。
少なくとも10mm未満のプレレプトセファルスが取れなければ産卵場に近いとは言えないのですが、今のところサルガッソ海とマリアナ海域以外ではその大きさの稚魚は取れていません。
太平洋海域のウナギ産卵場特定のための調査は、1973年から調査船を用いた大掛かりなものが始まり、徐々に産卵場に近づくまで30年以上かかったそうです。
プレレプトセファルスが採取されたのが、ようやく2005年になってのことでした。
そしてさらに2008年になり、産卵してすぐの親魚を捕獲することができ産卵場がほぼ特定できたのでした。
また翌年には産卵されたばかりの卵も採取することができました。
養殖ウナギは雄ばかりだそうです。
これは、性決定のメカニズムが哺乳類とは異なるためで、哺乳類ではXY染色体による決定があるため、受精時には雄になるか雌になるかはすでに決まっているのですが、それに対し魚類ではメダカ以外ではそのような性決定遺伝子はないようです。
そのために、生育環境により生育途上に雄になるか雌になるかが決まるという方が普通に見られます。
ウナギの場合、養殖場の環境というものは河川の自然環境とはかけ離れたものですので、それが雄化につながるということになっています。
ウナギの人工孵化のために、成熟した雄・雌を得ようとする研究も長く続けられてきました。
そこでは雄ばかりの養殖ウナギというものはちょっと困ったものでしたが、それを雌に性転換させるということが行われています。
シラスはまだ性未分化なので、そこに人間と同じ性ホルモンのエストラジオールを与えると雌化するそうです。
しかし、その後いくら成長していっても性的に成熟させることが困難でした。
これは自然状態でも日本国内で見つかるウナギでは成熟したものは見られず、海に出てから成熟を始めるのではないかと考えられました。
このままでは完全養殖はできないということになるので、人工的に成熟させることができないかという研究が続けられたのですが、偶然にもサケの脳下垂体抽出液を与えると成熟することが分かり、研究が続けられました。
しかし、それでも卵の成長は起きましたが、産卵まではできなかったということです。
この方面の研究はまだ試行が続けられています。最終段階までたどり着くには至っていません。
産卵と受精を見ることができても、それで生まれた稚魚を成長させるのがまた非常に難しいことです。
シラス以降は餌として何を食べるかが分かっていますが、レプトセファルスが何を食べるかが不明でした。
試行錯誤が延々と続けられ、ようやくなんとか食べさせられることができる餌ができたということです。ただし、この内容はトップシークレットで明かせないものだとか。
これで一応孵化させた卵から稚魚までは到達できたということですが、これではまだ「完全養殖」とは言えません。
これで成長した魚を成熟させ採卵できて初めて完全養殖サイクルが完結したことになるのですが、そこまではまだまだ遠い道のりのようです。
また、この養殖法で市場性がある生産ができるまでにはまだ相当な努力が必要なようです。
まだ「これがスタートである」という言葉で本書も閉じられています。
- 作者: 太田博巳,香川浩彦,田中秀樹,塚本勝巳,廣瀬慶二,虫明敬一
- 出版社/メーカー: 築地書館
- 発売日: 2012/06/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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