朝日新聞に月に一度、「論壇時評」というコーナーがあるそうですが、それを担当していた作家の高橋源一郎さんが記事に少し加筆してタイトルを付けたものです。
その期間は2011年4月28日から2015年3月26日の分まで、したがってその最初のあたりは多くが東日本大震災と福島原発事故に関するものが多くなっています。
朝日新聞は現在はほとんど読むことはありませんので、「論壇時評」というものがどのようなものか分かりませんが、この本から見る限りは高橋さんのような執筆者がある一定のテーマで書かれた評論を集め、それを適宜配置しているものの、メインとなるものは自分の主張であるというもののようです。
したがって、その期間内に発表された評論を次々と論評して、といったようなものではないようなので、論壇全体の動きを知るというものではありません。
約4年間の48編の時評ですが、本書あとがきにあるように、著者はこの本の題名「ぼくらの民主主義なんだぜ」に表れているように、「民主主義」というものに特に着目してテーマを選んだそうです。
これも大震災という社会を揺り動かした災害が大きく影響しています。
社会や政治というものがどうしても意識されなければならなかった非常事態なのですが、そこで日本に民主主義というものが根付いていないことを改めて感じさせられたということでしょうか。
2013年11月の記事は「考えないことこそ罪」と題されています。
冒頭に、田中康夫が1980年に発表した「なんとなくクリスタル」に触れてありますが、発表当時は様々な理由で着目されたものの、後年になり作者が述べたところによると、「自分がいちばん読んでもらいたかったところに誰も気づかなかった」そうです。
それは小説本文が終わったあとに置かれた「出生力動向に関する特別委員会報告」と「55年版厚生白書」だったそうです。
そこには将来人口の漸減化と高齢化社会の到来が予告されていました。
田中が本当に問題としたかったのはそこだったそうです。
記事にはその他にも地方の消滅危機を取り上げた評論が紹介されています。
表題にもなった、「ぼくらの民主主義なんだぜ」と題されたのは、2014年5月のものです。
紹介されていたのは、その年の3月に台湾で起きた、学生による立法院(国会)の占拠事件でした。
中国との関係強化に反対する学生が立法院占拠という行動に出たのですが、国民の広い支持も受けたために24日間も続きました。
しかし、長期になったために学生の間にも疲労感が強くなった時、立法院長から魅力的な妥協案の呈示がありました。
そのときに、参加していた学生の1人から「撤退するかどうかを幹部だけで決めるのは納得できない」という発言があったそうです。
これに対し、リーダーの林飛帆は丸一日かけて参加した学生の意見を個別に聞いたそうです。
その結果、結局は妥協して撤退ということになったのですが、その時に最初に意見を述べた学生からも丁寧なリーダーの対応に感謝するという発言があったそうです。
長々と引用しましたが、高橋さんも言いたかった(私も言いたい)のは、次に書かれている言葉です。
「学生たちがわたしたちに教えてくれたのは、”民主主義とは、意見が通らなかった少数派がそれでも「ありがとう」ということができるシステムだ”ということだ」
このような「反対者に対してもきちんと説明をしてから決定する」ことに対しては、フィンランドの放射能廃棄物処理施設建設の問題についても触れています。
そして、「わたしたちは”ただしい”民主主義を一度も持ったことがないのかもしれない」と結んでいます。
まさにその通りという主張だと感じました。