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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「なぜ日本は若者に冷酷なのか」山田昌弘著

「パラサイトシングル」などの言葉を作り出し、現代日本を厳しく表現している社会学者の山田さんが、2013年に刊行した日本の社会と経済について詳細に解析したものです。

さすがの観察眼と分析力と思います。

 

日本の社会と政治は老人に対しては非常に手厚く、年金などもその半額は国庫から支出していますが、若者に対してはほとんどそのような対処はされず、失業率非正規雇用率が上がり続けていても放りっぱなしのように見えます。

その結果、多くの若者が就職もできず結婚もしないまま親と同居し、親の年金で暮らすような状況になっています。

しかし、これは決して長続きする状態ではありません。親の死亡ですぐにでも破綻してしまいます。

すぐにでも効果的な対策が必要とされているところです。

 

なお、本書にはこの「若者に冷たい社会」という本筋の主張以外にも数々のエピソードが書かれておりそれはそれで興味深いものなのでできるだけ書き残しておきます。そのうちに使うこともあるかもしれません。

 

本書の最初に書かれているのは、日本は間違いなく「若者に冷たい社会」であるということですが、しかしその対照にあるのは実は「高齢者に優しい社会」ということではなく、「子どもに優しい親」ということであるということです。

 

現在は高度成長期の名残で高齢者が資産を持ち、制度的にも恵まれている状態であるのが事実です。

しかし、その後の世界的な不況でどこの国でも雇用環境は悪化し、特に若者の就職ができなくなりました。

欧米でも同様で、その結果失業者などのデモや暴動も起きるという治安悪化の情勢になりました。

その対策として、国によっては若年層の自立を促す社会保障制度を整えたところもあります。

しかし、日本ではそのような施策はほとんど取られずに根本的な対策は為されません。

 

その結果、親と同居しなければまともに生活もできないという、親同居未婚者とでも言うべき人々が増加しています。

もともと日本では子供の生活費教育費は親がすべてを負担するというのが当然視されてきました。これは大学に行っても変わらないのですが、それが世界的にも当然と言うことはありません。

ヨーロッパなどでは高等教育の費用は公的負担であることも多く、自立して生活できるところもあります。

 

このような社会通念があるところで、若者が弱者化すればどうなるか。

その生活はすべて親に依存せざるを得ません。

そして、その若者たちがそのまま中年に差し掛かっているのが現在であるということです。

なお、親が依存できる場合はまだ良いのですが、親自身がリストラされ無職だったり、離婚して低収入であったりする事例も数多く、そうなるとその子供たちは貧窮へまっしぐらです。

 

生活レベルが親と比べて子供の世代では上昇するというのが高度成長時代の常識でした。

しかし、今では逆に下降する場合が増加しています。

親も高卒、子供も高卒という家族も多いのですが、そもそも親の世代での「高卒」というのはそれほど悪い人生では無かったのです。

結構、高卒でも優良企業に正社員として就職でき、安定した収入を得ることができた。

しかし、子供世代の現在はそれが不可能な場合が多くなっています。

しかも、彼らはそれを切実に認識しているとは言えないということです。

親と一緒の道を歩めば大丈夫だろうという危機感の無い認識が多いということで、それが近い将来の下降につながるということです。

 

大学進学をする若者も、その進路はほぼ就職のみに限られることになっています。

かつてのように大卒でも様々な人生を歩む可能性が多かった時代とは異なり、もはや「就活」をして企業に潜り込むしか生きる道がないようになりました。

相変わらず、大手企業では新卒一括採用の慣行が崩れないままになっています。

そのため、一度入った会社からはよほどのことがない限り辞めることができなくなっています。

 

弁護士や検事を目指す人の受ける司法試験が改革され、「新司法試験」となりましたが、これは厳密な資格試験に属するものではなく、採用数が限られた中での選抜試験になっています。(医師国家試験は資格試験で、合格すれば全員でも医師になれるが、司法試験では年に3000人と合格者数が決まっていて必ず不合格者が出る)

合格できない人は再挑戦するのですが、それも3回までと決まっています。

3回とも駄目だったらどうなるか。

この事態に至る人は、若くても27歳、多くは30歳過ぎになっており、「三振」した人たちはもはや就職もできる可能性が非常に低くなってしまいます。

このような人たちが年に数千人生まれているそうです。

 

法科大学院に通い高い教育費を払ってもこうなってしまう可能性があります。

これはこのような高等専門教育が「投機化」しているということです。

かつてはこのような状況は音楽大学程度でした。

ピアニストを目指し多くの費用をかけても、実際に金の取れるピアニストになれるのはごくわずかということで、ハイリスク教育機関であったようです。

 

しかし、今では他の多くの教育機関もこのようなハイリスクになってしまったようです。

教育にかける費用はせめて「投資」であるべきですが、現状の教育と就職の間をつなぐシステムを変えない限り、このような「投機」の状況が続きそうです。

 

若者の経済弱者増加により、家族を形成するということも難しくなってしまいました。

安定収入のある男性しか結婚できないということです。

不安定な職業でできちゃった結婚などするとそのまま下層社会へまっしぐらです。

 

「結婚せずに働き続けたい女性が増えた」から未婚者が増えたと言われていますが、実は日本においてはごく一部の女性にしか当てはまりません。

多くの女性は高収入の男性と結婚し、専業主婦となるかせいぜいパート程度という意識が変わっていません。

高収入とまで行かなくても、正社員で安定収入を得られている男性が少なくなっている以上、結婚率の低下は避けられないところです。

 

欧米では未婚でも成人になれば親から独立し一人暮らしをするそうですが、日本では成人しても未婚の間は親と同居する例が多いようです。

これが著者がかつて名付けた「パラサイトシングル」ですが、この状態からなかなか抜け出せないのが今の状況です。

 

年金制度の不備はこれまでにも多くの論者により指摘されていますが、この最大の欠点は現行制度がいまだに原則としている「モデル家族」にあらわれています。

それは、夫はサラリーマン、妻は専業主婦という家庭です。

これは現在まさに年金が受給されている60代以上では労働者としては普通の家庭でした。

だからこそそれに相応しい年金制度として現在のものができているのですが、現在では家族形態も職業形態もそれとは異なる人々が増加し多様化しています。

 

一生未婚でフリーター、離婚再婚を繰り返す、主婦であったりアルバイトであったりを行ったり来たり、フリーランス、等々、このような人々に前記のモデル家族を前提とした年金試算など意味がありません。

意味が無いだけではなく、それらの人々が明確に損をするというのが現行制度になっています。

さらに、その辺の普通の人々にも国際結婚が珍しくなくなったりすると外国人も巻き込んでの話となってしまいます。

非正規労働者にとっては国民年金の制度も対応していません。

そもそも国民年金だけでは老後生活できるはずもありませんが、これは農家や小規模小売業等の家族経営業態の人々を対象としており、家業は子供に継がせながら小遣い程度に年金を貰うという程度の意味合いのものでした。

しかし、農業、小売業を始めとしてこういった家族経営小企業は軒並み破綻しており、廃業して子供は就職するというケースが増えています。その状態ではこれまでの国民年金制度の前提が崩れ対応できないものとなっています。

 

現在の日本では形を変えた母子家庭が増えているということです。

しかし、これまでの若い母親と子供という家庭ではなく、年老いて夫が先立った老母の元に中年の息子や娘が転がり込むという形のものです。

彼らは正規労働者として働いておらず、母親の年金に頼って生活する場合も多いとか。

これは以前の言葉に付け加えて「年金パラサイト」と呼ぶべきものです。

親が亡くなると子供の生活も破綻します。そのために親が死んでもそれを隠して年金を不正受給するといった事件が相次ぐこととなります。

 

このような、社会としての社会保障が不備なために、「親による社会保障」とも言えるシステムは長く続くはずもありません。

社会保障システムを根本から見直さなければならないということです。

 

女性の社会進出を促すということが言われていますが、経済的な状況を見ると夫婦ともに正社員である場合と、夫のみ正社員で妻はパートという場合では大きな差があります。

日本では夫婦の共働き率が低く60%程度なのですが、そのほとんどは妻はパートといった非正規労働であり、夫婦ともに正社員という場合は15%程度と推計されます。

特に地方の場合はこういった例はそのほとんどが公務員(役所や教師)であり、そういった人々の裕福さというものが目を見張る状態になっています。

 

女性が単に働くというだけではなく、「正社員として働く」ことができる環境にすることが必要になっています。

ただし、そのためには正社員であっても長時間労働の禁止や中途採用者の不利益の是正など、多くの社会システムの是正が必要となります。

それができてこそ、大きな経済改善もなされることになるでしょう。

 

 

自分が老人に近づいてみると、それほど「老人に優しい」社会であるとも思えないのですが、それ以上に若者に対しては冷酷なんでしょう。

それ以上に、役人や公共事業受託業者などの既得権益がひどいように思います。

どこから正していくかが問われるのでしょう。