著者は在日三世コリアンというルポライターですが、この本の副題にもあるように「外国人をやっていると見えること」がたくさん見えている方のようです。
「またがりビト」というのは、在日コリアンの人々の先祖の居た朝鮮、そしていまは別れた国になっている北朝鮮と韓国、そして彼らの産まれて現在も住んでいる日本というところにまたがって生きているということを意味しており、この意識を持てばそれぞれの一国の国益などというものよりも北東アジアといった地域の「域内益」を持とうという方向に進めるのではないかという思いから言われています。
また実践としても数多くの活動をされてきており、日韓サッカーワールドカップの際には在日外国人たちによるボランティア活動をするということをまとめました。
さらに、在日コリアンの子弟に対する教育機関設立という活動も行ない、実際にコリア国際学園という学校を作ってしまいます。
これらの活動の詳細が本書の中頃に書かれていますが、どちらもそれに対する周囲の反発はひどいもので、特に日本政府、行政機関の冷淡な態度は恥ずかしくなるほどです。
また、学校設立では在日朝鮮人、韓国人の団体からの反発も強いものだったそうです。
現在、朝鮮半島以外の海外で暮らすコリアンは700万人に上るそうです。
その多くが居住国でその市民権を獲得して定住しています。
しかし、最も古くからの居住歴がある日本在住のコリアンは完全に日本に帰化した人を除けばいまだに選挙権も持たず外国人として扱われています。
なぜ帰化しないのかとい言われますが、日本では帰化ということは完全な日本人への同化しか意味しません。
コリアンとしてのアイデンティティを持ちながら日本人として生きることが許されないということに反発して帰化を選ばない人がまだ多数に上ります。
これを「まだ北朝鮮や韓国政府に対して忠誠心をもつ」などと言う人がいますが、決してそうではないということです。
「文化的多様性を認める」などと日本政府は唱えていますが、その本性はまったく異なることが実感できるからこそ、在日コリアンが多くの不利益を受けながらも帰化しないという選択をしているのです。
本書の最初はヘイトスピーチから始まっています。
その恐怖や犯罪性は他の本でも紹介されていますのでここでは詳述しませんが、著者はこの動きが強まるにはいくつかの要因があると分析しています。
元々、日本には在日コリアンや在日中国人などに対する差別などはあったものの、公的な場でのヘイトスピーチなどというものはありませんでした。
それが激しくなったのは2000年代以降ですが、その要因の一つは日本人の間で広がっている貧困と格差拡大であろうとしています。
2008年頃の派遣社員解雇が広がった社会不安の中で、いわゆる「派遣村」という失業者が集まった場所を取材し、著者はその光景に「既視感」を覚えたそうです。
これはかつての在日コリアンたちが暮らしていた風景そのものではないかと。
そういった在日コリアンたちの指定席にどんどんと日本人たちが落ちてきていると。
こういった状況を日本人の「在日化」ではないかと著者は指摘しています。
さらに、これで不要になった在日外国人を追い返す「不法滞在者半減計画」なるものも打ち出して外国人追い出しを図ったのが政府でした。
こうした状況が強いナショナリズムへの回帰を引き起こしています。閉鎖的状況の鬱憤ばらしとしてヘイトスピーチを始めてしまいます。
しかし、私とほぼ同年代の著者にはこのようなヘイトスピーチ程度は慣れっこだということです。
これまでもヘイトスピーチどころか実際に身体に危害の及ぶような「ヘイトクライム」が何度も繰り返されてきました。
最近でも朝鮮学校の生徒に対する暴行事件で実際に傷害を受けた人たちもいます。
このような犯罪であっても警察の対応は鈍いものでしか無く、ほとんど捜査もされなかったようです。
ヘイトスピーチ対策云々を言う前に、このような明らかな犯罪であるヘイトクライムをどうにか取り締まってくれということです。
アメリカでさえ、ヘイトクライム法ではその犯罪行為が差別偏見によると認められれば量刑が3割増しになるそうです。
第2,3章は前述のように、サッカーワールドカップのボランティア運動とコリアン国際学園開設に関するものですが、そこに書かれていることは「日本人として恥ずかしくなる」ということばかりです。
私は通常はあまり「日本人として」考えることはしないのですが、嫌でもそれを突きつけられる内容でした。
第4章は原発事故と植民地支配の関連性です。
原発事故で改めて明らかになった地方への危険の押し付けですが、これを見ているとかつての朝鮮半島の植民地支配の光景と見事に重なって見えるというのは、在日コリアンである著者の感性でしょう。
原発押し付けで得られる多額の交付金に群がる人々、それはかつての朝鮮半島でもあったことのようです。
多文化共生ということが言われるようになってきましたが、いまだに国の政策としてそれを追求する方向には行かないようです。
かえって逆行した方向で不法入国外国人の取締強化ばかりではなく、正規に入国しこれまで単純労働で働かせてきた日系ブラジル人たちまで帰国させるという動きも見せました。
邪魔になったら追い返すという姿勢がはっきりと出ている施策です。
だからこそ、在日外国人にもせめて地方参政権は与えるべきではないかというのが著者の主張です。
なかなか知る機会のない在日外国人の考えをはっきりと示してくれた本でした。
またがりビトのすすめ――「外国人」をやっていると見えること (シリーズ ここで生きる)
- 作者: 姜誠
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2014/11/20
- メディア: 単行本
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