第4回 Tricoloma matsutake (トリコローマ マツタケ)
研究所でのアルコール生産研究は成果の出ないまま無事終わりを告げ、その後なにをするのかと思えば菌株の保存管理・分離同定という業務を命ぜられました。
その研究所には当時6000株以上の保存菌株があり、それを保存管理するという業務があまり日の目を見ない形で続けられていました。
また、新規の分離株などで特許を取る場合に名称をできるだけ詳しく付けたいということで、学名を同定するということもしばしば発生しました。
保存方法は一番安定しているのは「凍結乾燥」で、インスタントコーヒーなどと同様なのですが、凍結させたものを真空乾燥してしまうというものです。
この場合、真空乾燥したものを真空のまま封入しますので、酸化をすることもなくさらに保存効果が上がります。
しかし、菌種によってはこの凍結乾燥法が適さないものもあり、特にカビなどで胞子を作らないものは不可能でした。
それを維持するためにはその頃は半年に1回ほど培地に植え替えて増殖させ、そのまま冷蔵しておくという保存方法を取っていたのですが、非常に手間がかかりまた植え替えの失敗も発生するということでなんとか別の方法を模索しました。
今回の表題、Trocoloma matsutake はその名の通り、キノコのマツタケです。
これも数株を保有しており、やはり胞子ができないために半年ごとに植え替えでした。
これをなんとか保存するために、凍結させないで乾燥する方法(L-dry法と言っていました)を採用し、その保存性を確かめて実施したものでした。
この方法だと凍結と解凍という細胞へショックを与える工程を避けられるために若干は生存の可能性が高くなります。しかし乾燥後に真空で保存するような適当な容器がないために酸化されて死滅する危険性は大きくなるというものです。
あれから30年近く経っていますが、その保存性がどうなったのか、もはや会社とも縁が薄くなった今では知りようもありません。
なお、マツタケはまだ人工培養ができないはずと少し詳しい方は考えるかもしれませんが、なぜか培地上での菌糸の増殖だけは可能でした。
シイタケなどはその菌糸を適当な培地に植えてやり適温と湿度を保つことで子実体(いわゆるキノコのこと)が出るのですが、マツタケはそのような操作をしても子実体形成は不可能で、それが人工培養不可と言われている理由です。
学名の分類同定という業務も、現在ではDNA配列を決めてそこである程度は絞れるのですが、当時はまだまだDNA操作自体も難しく実施していませんでした。
形態観察や栄養分類といった旧来の方法でやったものです。
そのため、顕微鏡観察や電子顕微鏡操作といった業務もしょっちゅうでした。
放線菌の胞子鎖などが走査電子顕微鏡できれいに撮影できた時は嬉しかったものです。
大抵はそれで決めた学名を使って特許を出したのですが、いまだに検索するとその当時の特許公報などが残っているものもあります。
ノーベル賞の大村先生ほどではないのですが、一応それに似た研究はしていたんだということが思い出されます。