爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「勝てないアメリカ 対テロ戦争の日常」大治朋子著

著者は毎日新聞の特派員として2006年から4年間アメリカに滞在しました。

その間にアメリカ軍の実態について取材したいという希望を持ち軍に数回の従軍取材を行います。

アフガニスタンで取材した際には非常に危険な状態も経験したということです。

 

従軍取材や帰還兵の問題、無人機の使用など、現代のアメリカ軍の抱える問題点を取材してきた、ワシントン特派員当時の取材をまとめたものが本書です。

そのため、アメリカ軍はなぜ勝てないかといった統一的な内容ではありませんが、自らが触れた現地の情報が詳しく書かれています。

 

その内容は、帰還兵の多くがその症状を発しているというTBI(外傷性脳損傷)の実態について。

そしてアフガニスタン派遣軍への従軍取材。

無人機使用に傾きつつあるアメリカ軍の海外戦略。

そして最後に「勝てないアメリカ」についてというものです。

 

イラク派遣より帰還した兵士たちに数々の脳障害的な症状が表れていることは大きな問題となっているようです。

記憶障害や光の過敏症などの症状が出て帰還後の就職先も続かなくなるといった帰還兵問題が出ており、それは戦場での敵の爆弾爆発による傷害だということです。

イラク戦争開戦後、武装勢力は小型爆弾を道路に仕掛けるという攻撃を増やしました。最初はその死亡者が多かったアメリカ軍も大型装甲車導入や、高性能ヘルメット、防護服の採用で死者の数は減らすことができました。

しかし、死ななかった場合でもその強烈な爆風を受けることで脳への損傷が残ると見られています。

2008年当時の診断では、帰還兵全体のうち7.6%がこの症状と診断されたのですが、目に見える傷害などが無いために実際はそれよりはるかに多い被害者が居る可能性がありそうです。

そのために、帰還後TBI治療中であるにも関わらず再度派遣されることもあるとか。

 

著者は2008年ごろから従軍取材を希望するようになり、軍への申請を重ねて2009年にアフガニスタンへ向かうことになります。

現在も従軍取材は一応許される建前になっていますが、それには多くのルールを守るという宣誓をしていかなければなりません。

たとえば兵士個人が特定されるような取材はできず、遺体や負傷者の写真も撮ることはできません。それでも行くべきだと考えて向かったそうです。

基地には着いたものの、そこから外に出る取材は危険を伴い難しかったようです。

期間の最後に近い頃に部隊と現地警察が隣村を訪問するのに同行したのですが、その途中で乗っていた大型装甲車が仕掛けられていた爆弾により破壊されます。

ヘルメットとシートベルトのおかげで何とか生命は助かりますがかなりの危機だったようです。

調べてみると、乗っていた車の座席の直下で爆発が起きたということです。

 

イラクアフガニスタンでは、有人の航空機を飛ばさない場合でも無人航空機を飛ばしています。

かつては偵察用だけだった無人機も現在では高性能の攻撃機能を持ったものが出現しています。

この無人機には空軍のものと、CIAのものがあります。

どちらもその操縦はアメリカ国内の操縦者が行い、それを衛星を通した回線で制御しています。

任務の97%は偵察ということですが、攻撃機能のある無人機が実際に攻撃する場合もあり、その際は現地の司令官が交戦規則に従って指示するということになっています。

 

オバマ政権はその平和的なイメージとは逆に、こういった無人機を使う作戦をブッシュ政権時代より増やしています。

無人機の起こす誤爆は非常に多いようで、これは情報収集のミスによるものが多いようです。

これまでの無人機操縦者は空軍での実際のパイロット経験が豊富な者が多かったのですが、それら人材が減ってくると新規採用のものが増えてきます。彼らにはゲーム経験は豊富であっても戦場経験が無いために無人機が写した画像が何かを判断する能力も乏しく、攻撃対象を間違えることもありえるようです。

 

また、CIAの無人機はテロとの戦いの名のもとに現地での暗殺も実施しているようです。

これもオバマ政権ではブッシュ時代より多くの殺害を実施しているようです。

これは国際法上も問題となるものであり、非合法処刑にあたると言えるようです。

 

無人機攻撃が増加した背景には、有人戦闘ではどうしても兵士の死傷がつきまとい、それに対して国民世論の反発が起きていたためと言えます。

無人機空爆をいくら行なっても議会では審議がされず、それが戦争であるという認識さえ持たれずに実行されます。

戦争というものを議会の監視下に置くということで何とか維持されてきたアメリカの民主主義も危機にさらされているという問題になってきます。

 

対テロ戦として実施されている「非対称戦争」、つまり国家対国家の戦争ではなく強いものと弱いものの戦争は、必ずしも弱いものが負けるとは限りません。

非対称戦争で小さいものが勝つということはベトナム戦終了後にアンドリューマックにより論じられました。

1800年以降、このような圧倒的に差がある強者と弱者の戦いは200件あったそうですが、そのうち3割は弱者が勝ったそうです。

しかし、弱者が住民を味方につけ長期戦で心理的、経済的に勝者を疲弊させると勝率は6割に上がるそうです。

イラクでもハイテク装備のアメリカ兵を10ドルで作れる爆弾で攻撃し、アメリカ兵を疲弊させました。

その印象とは大きく違ったオバマは「戦争大統領」と呼ばれるほどのものだったそうですが、結局勝つことはできませんでした。

この後どうなるんでしょうか。

 

勝てないアメリカ――「対テロ戦争」の日常 (岩波新書)

勝てないアメリカ――「対テロ戦争」の日常 (岩波新書)