爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「パンデミックとたたかう」押谷仁、瀬名秀明著

2009年4月に北米のアメリカ、メキシコで新型インフルエンザが流行しました。

これが21世紀初めてのインフルエンザ・パンデミック(世界的流行)であったのですが、その感染力、毒性は幸いにも弱いものであり、多くの死者が出るという事態にはならずに済みました。

 

しかし、その対応というものは、世界各国、WHO、日本政府のいずれも問題を含むものであったようです。

 

この本はその経緯など、そして様々な感染症の問題も含め、ウイルス感染症学の専門家である東北大学教授の押谷さんが、「パラサイト・イヴ」の作者の瀬名さんとともにパンデミックの問題について現在の状況を対談を主に説いていくというものです。

 

なお、瀬名さんは著述業を主としていますが、薬学系大学院で博士を取得しており、さらにご尊父はインフルエンザの感染機構の研究をされているという、うってつけのような聞き手かも知れません。

 

 本の最初には押谷さんの書かれた前文があります。

この時の新型インフルエンザは弱毒性であることが分かり、社会の興味は急速に薄れていきました。しかし、押谷さんが指摘されているように、予想される死者数が通常の季節性インフルエンザとあまり変わらないと言ってもその意味する所は違うかも知れません。

感染症疫学の分野では「アウトブレイク」という言葉も使いますが、これは予想のできない非日常の事が起こるということです。

季節性インフルエンザでは老人や高リスクの人が死亡する可能性が強いのですが、新型インフルエンザは確率は低くても若年者が死亡することが多いようです。これこそ「非日常」の出来事であり、注意を払わなければならないところです。

押谷さんは遠慮がちに書いていますが、同じ人数が亡くなるとしても高齢者ばかりという場合と子どもや若年者が亡くなるのでは意味が違うだろうということです。

 

この2009年の新型インフルエンザはメキシコから発生した豚由来のウイルスでした。

ウイルスの特性が最初は分かりませんので、致死率が10%などと言われて怖れられたのですが、徐々に致死率が低いということがわかってくると急速に興味も失い「大丈夫だ」という雰囲気ばかりになってしまいます。

専門家でもそのような判断をする人もいますので、社会の大勢もそうなっていきますがそう簡単なものではないということをきちんと伝える必要はありそうです。

 

1918年から流行したスペインインフルエンザも、最初ははっきりと認識されていたわけではないようです。死亡率統計を取ってみると各国ともその2年間は異常に高かったことから分かったとも言えます。

しかし、このスペインインフルエンザでも死亡率は全世界では2%程度、ただし、地域によっては高い所もあったようです。

パンデミックということで想定される被害は死亡率10%などという高いものの場合を仮定していますが、実際はそこまで高くないものが多いのでかえって起きた時の状況がはっきりせず、パンデミックかどうかの認識も高まらないままということもあるようです。

 

パンデミックが起きたとしても、「被害を最少に留める」ということが最重要なのですが、インフルエンザの場合は完全には抑えられないものです。

SARSなどでは患者の完全隔離で流行を抑えるということもできますが、インフルエンザでは不可能です。

それならば、どのようにして被害を抑えるか。

そこで大切なのは「流行のピークを遅らせる」「流行の規模を小さくする」「流行のピークをなだらかにする」という3点だそうです。

ピークを遅らせればワクチン生産などの対応のための時間稼ぎができます。

規模を小さくできればピーク時の医療・社会機能等の破綻を防ぎます。

ピークをなだらかにできれば、全体の感染者数が同じだとしても医療の対応が可能となり、さらに社会活動の低下も最小限に済ませられます。

 

メキシコのインフルエンザの場合も、学校をぜんぶ閉鎖し、サッカーも観客なしで試合をしたり、レストランも閉鎖といった対応が取られたためにメキシコでは早期に収まりました。

しかし、同じ時季にニューヨークでも感染が広がったのですが、そちらではこのような対応が不可能であったためにアメリカでは感染が広がりました。

一方、日本ではまだその時点では感染が少なかったために広がりは防げました。

 

WHOの対応では、メキシコの感染拡大の時にフェーズ4を宣言してメキシコへの渡航自粛勧告を各国が出しました。しかし、その時点ではアメリカにも感染者が出ていたので本来ならばフェーズ5とすべきだったのです。

けれど、アメリカに対する渡航自粛勧告などというものは出すことは不可能ですので、結局出せないまま、フェーズ6になってしまい、どこからも渡航自粛は不要(世界的な流行)になってしまいました。

このあたり、政治的な問題による影響もそうとうあるようです。

 

押谷先生が対談の最後の方で語っていることは、1960年代に一旦は「感染症の時代は終わった」と言われたのですが、実際はまったく終わっていないしこれからも大きな問題であり続けます。

その中で、「公衆衛生」というものが最前線になっていくということです。一見したところ「臨床」が最前線のように見えますが、本当はそれ以前に「公衆衛生」なんだと。

日本でも本格的に医学を目指す人たちはともすれば臨床にばかり目を向けますが、公衆衛生を大切にして欲しいということです。