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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「時代考証 おもしろ事典」山田順子著

テレビの時代劇というものは今でも人気のある番組ですが、歴史上の真の姿を表していないということはよく言われることです。

 

著者はテレビでの時代劇の考証に長く携わってきたという方ですが、間違っていてもやむを得ずそのままということも多いようです。

 

テレビでの時代劇の舞台となる時代は圧倒的に「戦国時代」と「幕末」が多いのですが、江戸時代の庶民生活を扱ったというものもかなりの数に上ります。

しかし、時代考証の点から見て間違いの多いというのも、江戸時代の前期から中期にかけてのもので、江戸時代末期の様子をそのまま(といってもこれも間違いだらけ)江戸前期にも応用してしまうということの結果、食い違いが出てきてしまうそうです。

 

江戸時代と言ってもその間260年もの年月があり、初期と末期とでは庶民生活などでは相当な相違があるのも当然のことなのですが、時代劇制作側としてはあまりうるさく細かいところまで拘らずに作ってしまうということもあるようです。

 

本書はそれほど厳しく時代考証を行なうということではなく、まあ気楽な読み物として楽しめれば良いかなというような書き方をされていますが、大きく外すということもないようにはしてあるようです。

時代区分としてはドラマに多く取り上げられる5つを取り上げ、それぞれの時代にまつわるあれこれを記しています。

1.武田信玄上杉謙信の時代

2.信長・秀吉・家康の時代

3.水戸黄門が主役の時代

4.大石内蔵助赤穂浪士が主役の時代

5.徳川吉宗大岡越前が主役の時代

と分けてあり、それぞれ、戦国時代末期、安土桃山時代、江戸時代初期、元禄時代、享保時代と江戸時代前期までの各期を別々にしています。

 

それでは色々な話題の中から興味深いものをいくつか紹介します。

 

山内一豊の妻(「ちよ」と言われています)が評判の名馬をへそくりの黄金10枚を出して買わせた。というのは有名な挿話でいろいろなドラマにも描かれていますが、まずそのような評判の名馬なら信長など大名・部将の耳に入って彼らに先に買われるのが普通ではという疑問は置いておきます。

問題は、「黄金10枚」というのが存在したかという方です。

実は、信長の時代には黄金小判というものは存在していません。豊臣秀吉の時代になってようやく「天正大判」などの黄金の貨幣が作られますが、これも贈答用が主用途で、流通はしていませんでした。

どうもこの話は根本のところが怪しいようです。

 

豊臣秀吉の出世話で、有名な「草履をふところで温めた」というものがあり、それを取り上げたテレビ番組があったそうです。

そこで、実際にふところで温めた草履を信長役の役者が履いてみて、温かいかどうかを「実験」したそうですが、役者にはその温度差が分からず、この挿話は「ウソ」と結論づけたのですが、それを見た著者は驚きました。

なぜかといえば、その役者は「足袋」を履いていたからだそうです。

戦国時代末期では、信長や家康などの殿様でも足袋などは通常は履いていませんでした。素足が普通だったそうです。

江戸時代も家光の頃からようやく足袋が普及して広く履かれるようになってきたそうです。

 

ドラマではまず見ることはありませんが、旅人が旅籠に到着するとまず最初に行なうのは「足すすぎ」でした。

旅人が腰を下ろすと番頭や女中が水の入った桶と手ぬぐいを持ってきて、旅人の足を洗うということです。

当時は旅籠だけではなく、普通の店や住宅でも必ずしたことでした。これをせずに、泥だらけの足で上がるということは考えられないことだったようです。

 

なお、その頃はすでに上流階級の人々は素足ではなく足袋を履いてから草履を履いていたようですが、その足袋も歩いていれば泥だらけになりますので、やはり足袋を脱いでから足すすぎをしたようです。また、足袋の替えも必ず持参して汚れたら履き替えたとか。

 

赤穂浪士は討ち入りの前に蕎麦屋に集まり蕎麦を食べたということになっています。

しかし、舞台となった元禄時代にはまだ「蕎麦屋」という商売自体がありませんでした。

その頃にはようやく「そばがき」から「そばきり」に移行し、麺状の蕎麦を食べるという習慣は広まりつつあったのですが、まだ「蕎麦屋」という形態の商売はありませんでした。

江戸には「けんどん屋」というウドンを売る商売はあったようですが、蕎麦屋というものが出来てくるのは元禄時代からは20年以上後の享保年間になってからだそうです。

赤穂浪士討ち入りに関しては、元本の仮名手本忠臣蔵にも蕎麦屋集合という項目はなく、いつからそのような話が付け加わったのか不明だそうです。

 

時代劇を当時のままの表現をして作ったら、違和感ばかりでほとんど見られたものじゃないと思いますが、あまりにもひどい間違いというものは少しでも直していくということは必要なのでしょう。