「企業福祉」と言ってもなかなかその内容がイメージしにくいのですが、厚生年金の保険料の企業負担分や健康保険、また社宅や退職金、企業年金なども含めてそう呼ぶそうです。
そう言われてみれば、これまでのちょっと大きな会社では必ず存在していた制度であり、当然のようなものでもあるのですが、実は現在はそれが危機的状況であるということです。
制度上、当然のように扱われているのが「パートには厚生年金がない、失業保険もない」といったことですが、このような企業福祉からの抜け落ちがどんどんと拡大して行っています。
元々、厚生年金などは日本のあまりにも貧弱な公的年金をカバーするという性質でもあったのですが、それを受けられないパートや契約社員・非正社員などが増大していくと結果としては生活保護を受けるしか無いということになるのは目に見えています。
そこで、著者の橘木さん(京大教授、労働経済学)が主張するのは、こういった企業福祉は全廃し全ての人に公的な年金、保険を与えるということを制度化するべきということです。
具体的には、一つの目安として夫婦には月額17万円、単身者9万円を税収から支給する。その財源としては消費税を充てる。その他の健康保険等もその考え方で適応するということです。
その代わり、これまでの厚生年金・健保などの企業負担は廃止し、その分は賃金に上乗せさせるというものです。
もちろん、企業の独自施策として割増年金を制度化するのは自由ですし、退職金を支給するのも勝手ですが、現在のような退職引当金を免税するといった措置は取らないことになります。
企業福祉というものがどうやって始まったかというと、ドイツやイギリスなどで労働者の劣悪な状態を企業が改善することで優秀な労働者を囲い込もうと言う意識があって19世紀から発達していったようです。
日本でも社宅の提供や慶弔金支払いなどといった制度が早くから始まりそれが徐々に広まっていきました。
その後、政府の政策とも同調し医療や年金制度に企業が深く関与していくようになります。
ただし、これらはあくまでも大企業でのみ実施できるものであり、中小企業ではわずかなものであったのも事実です。
しかし、このような企業の拠出に頼った福祉制度は非正規労働者の増加という事態に至り崩壊しようとしています。
現在の制度では非正規労働者は失業保険にも厚生年金にも加入できません。セーフティネットという制度は日本では非常に貧弱なのですが、そのような人々はその貧弱な制度にも無縁な世界にいるということになります。
非正規労働者が増え続けているということは、その理由の一つにこういった企業福祉の負担に企業が耐えられなくなっているからでもあります。
社宅などの比法定福利費用もどんどんと削減されていますし、社会保険料の事業主負担が重く感じられているのが実情です。
このまま放っておくとさらに労働者の非正規化が進むということにもなり、賃金の低下が直接的な問題でもありますが、それ以上にこのような年金や保険制度から弾き出された人々の増加という大問題が起きていくわけです。
これを食い止めるためにも、企業福祉から本当の意味での社会福祉へ、福祉国家への転換が急がれるわけですが、数々の抵抗勢力がありそうです。
今のようななし崩し的な企業福祉からの撤退が起きている状況は最悪です。
少し前に読んだ「ベーシック・インカム」とも関連する話でしたが、早くこのような抜本的な考え方の転換をしなければ手遅れになりそうです。