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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「時代小説で読む日本史」末國善己著

(まだまだ地震終息にはほど遠いのですが、これまで書き溜めた記事下書きも多いのでちょっとずつ公開していきます。これを書いた時はまだ静な時だったなと思い返すとこの1週間の出来事が夢のようです。本当に夢だったらまだ良いのですが、現実です)

 

 

文芸評論家の末國さんが歴史小説、時代小説といったものを読んでいると、同じ対象人物であっても作品によりまったく違う描かれ方をされていることに気付いてきます。

それを整理してみていくと、やはりその作家が何を主張したいのかによって大きく変わってきているのですが、それもその小説が描かれた時代により大きく影響を受けていることが分かります。

 

この本はそういった事例を対象となる人物ごとに分けて整理して見ることにより、どのような小説執筆時の時代背景によるのか、そういったことに興味を持ち描かれているものであり、まえがきにも明記されているようにその歴史人物の正確な実像がどこにあるのかといったことには触れてありません。あくまでもそれを描いた小説とその著者を興味の対象としたものです。

 

織田信長は小説を書く作家によって大きくその性格を変えて描かれています。

元々、明治政府徳川時代を批判することに力点を置き、それで自らの正当性を主張したために徳川家康はことさら悪く言われる一方、豊臣秀吉はヒーロー扱いをされました。

しかし、織田信長は単に秀吉を見出したという評価がされたに過ぎず、戦前までは信長を主人公とした小説はほとんどなかったようです。

再評価した最初のものは、1944年の坂口安吾の「鉄砲」でした。そこでは信長の鉄砲を重用した戦法を合理主義として賞賛するという手法を初めて取り入れました。

これは当時の太平洋戦争の戦局悪化を非合理な政府・軍部の無能さのためと批判する意図があったようです。

安吾が創りだした「近代的合理主義者信長」というイメージを広く固定したのが司馬遼太郎の「国盗り物語」でした。これはちょうど戦後の高度成長期の企業の経営効率化とも呼応し合理的経営というものを反映した物語であったようです。

バブル崩壊後の行き詰った世相を反映したのが、1999年の池宮彰一郎の「本能寺」で、そこでは信長像は社会に溜まった腐敗を一掃する破壊者としての一面を強調したものでした。

 

宮本武蔵は生存中にはほとんど評価されることもなく、史料も信ぴょう性に乏しい物ばかりだったのですが、江戸時代中期になり熊本藩の豊田景英が「二天記」という宮本武蔵顕彰の伝記を書いたことで知られるようになりました。それでも広く世間に武蔵の名を知らせたのはようやく昭和になってからの吉川英治の「宮本武蔵」でした。

吉川は武蔵を剣の修業を通して精神を高める求道者として描くことで物語として面白さを出しました。これは太平洋戦争直前の民衆の不安な心情にもよく入り込むことができるものでした。

 

田沼意次は賄賂政治家としての悪名は江戸時代から広まっていたのですが、これは田沼を葬ってその路線を転換した松平定信一派が積極的に広めたということです。

しかし、大正時代になり歴史研究者の辻善之助がこの通説に疑問を呈する「田沼時代」を発表しました。

その後、太平洋戦争後になって山本周五郎が「栄花物語」で田沼を政治改革に邁進する清廉な人物と描写する画期的な作品を発表しました。

他にも現代の経済政策と関連させて田沼の改革政策を取り上げる作品が数多く発表されるようになりました。

 

坂本龍馬は現在では薩長同盟の締結に尽力し亀山社中船中八策など数々の挿話もあり、新時代を切り開いた改革派というイメージが強く持たれていますが、実はこういった龍馬像は必ずしも史実には基づいていないようです。

明治初期にはほとんど知られていない無名の志士の一人としてしか扱われていなかったのですが、高知の「土陽新聞」という地元紙(当時は民権運動機関紙)の主催者、坂崎紫瀾という人物が坂本龍馬を主人公とした政治小説を新聞紙上に連載したことによりようやく世に知られるようになりました。

そしてその後の日露戦争前夜に昭憲皇后の夢枕に坂本龍馬の霊が立ったという、「皇后の夢枕事件」なるものが起き、その結果熱狂的な竜馬ブームというものが起きました。

その後、戦後になり海外発展というものを日本全体が目指す風潮が強まると龍馬のその性格を強調するような作品が連発されることになります。

 

こういった歴史小説の書かれた経緯を見ていくと、そういった作品はあくまでも書かれたその時の時代の雰囲気を強く写しとり、それを対象となる歴史上の人物に投影して小説としているということが分かります。それが歴史そのものとは違った歴史小説というものなのでしょう。