爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「税制ウォッチング 公平・中立・簡素を求めて」石弘光著

著者は財政学が専門で、この本の出版の2001年当時は一橋大学学長だったという方です。その後は政府税制調査会長もつとめ、その他数多くの公職や企業関連職を務めているという、その方面では大権威という方でしょう。

 

その石さんが税制、すなわち税金の取り方というものについて中公新書で一般人向けに非常に噛み砕いた解説を書かれたというものです。

現在とはだいぶ制度も変わってきた点が多いようですが、基本的な税制の考え方というものはそれほど変化もないのではないでしょうか。

 

題名副題にもあるように、税制というものは「公平・中立・簡素」というものが大切だというのが基本的な姿勢のようです。現在の税制がそのようなものかどうかという点は怪しいものですが、目指すところはそういうものなのでしょう。

 

ただし、税制というものは使いようによっては政府が国民の方向性を左右する道具とできる可能性が強いものです。こういった点は学会権威としては語ることはできないのでしょうが、少し聞きたかった点ではあります。

 

本書はまず「政府税制調査会」というものの記述から始まります。執筆当時は違ったのかもしれませんが、その直後には著者みずからがその会長として就任しています。

税調としては自民党税制調査会という組織もあり、実権はそちらの方が強いのかもしれませんが、あくまでも自民党の組織は選挙対策を兼ねる政策がメインですので、政府税調の役割も強いということですが、これは希望的意見なのかもしれません。

 

執筆当時は消費税導入もまだ記憶に新しいところでしたが、中曽根内閣当時の「売上税導入騒動」など日本型付加価値税導入についてのドタバタ劇が繰り返されました。

直間比率の変更という政策の方向性は変えようもない中でいつかは消費税を施行しなければならないのでしたが、そのたびに選挙の争点となり、また景気回復の名の下減税政策を取るのと抱合せにしたりと、大迷走を続けました。

ここには日本人の「タックス・ペイヤー」としての認識の欠如が関わっています。

日本人は普通「税金を取られる」と表現します。取られると言う意識は、自分の意思とは無関係にお上に無理やりむしり取られるというイメージです。

そのために、納めた税金がどのように使われるかという点には意外なほど無関心となり、政治との向き合い方自体の問題点にもつながっているようです。

 

法人税は最近でもさらに税率の引き下げが議論されるといった状況ですが、そもそもこの税は性格が曖昧なもののようです。

税金を取るということは取られる側から見ると参政権との関係が密接です。

制限選挙の時代には「国税何円以上のものに選挙権」という規定がありました。税金を取られるほどの人には政治に参加できる資格も与えるというのが本来の税金の性格です。

しかし、法人はいくら税金を取ったからといっても参政権は与えられません。

(まあ、大企業の経営者などの政治への圧力は大きい物のようですが)

 

また、現行の法人税は黒字企業からだけ徴収するというものですが、多くの企業は赤字決算で税金を納めていません。それでも公共資金は使われているというのが制度上の不公正でもあるようです。

それを避けるために外形標準課税制度の導入というものが議論されてきましたが、不調のようです。

 

政府の財政支出の多くは社会保障費ですが、日本では公的年金、公的医療はその多くを加入者が負担する保険方式を取っています。

世界の中にはこれらをすべて税金から支出する国も存在しています。これらの国ではそれだけ国民からの税金の徴収額も多くなるのですが、それは各国の事情が強く反映しています。

デンマークは全額が税からの支出ですが、その代わり国民負担率は80%と非常に高い割合であり、日本などとは大きな違いがあります。

これはデンマークが人口530万人でほぼ同一の民族であるという事情から、非常に連帯意識が強いこと、さらに政府に対する信頼感が強いことから可能となったことであり、どちらも持ち合わせていない日本などでは到底採用不可能な施策のようです。

 

しかし、高齢化に伴い負担増は間違いなく必要となるのですが、それをどうするのか。

税方式にするのか、税の負担率を上げるのか、それはどのような税にするのか、受益者負担はどうするのか。

2001年の本書執筆当時に問題視されているこれらの問題が現在も解決したとは言えないようです。

 

地方分権を進めるうえで市町村合併が必要という話はその後の平成の大合併でかなり進みました。しかし、地方自治体が地方分権に耐えられるだけの能力を持たなければならないという問題提起はそのままのようです。

地方が独自の課税をするというのも、その当時石原東京都知事が銀行を狙った地方税実施ということで問題を提起しましたが、なかなか片付かないようです。

なお、全国企業に対し各自治体がばらばらな課税をすること自体は非常に不公正にあたると著者は否定しています。

 

グリーン税導入、グローバル企業に対する課税などこれから大きな問題となるものについても触れてありますが、現在ではさらにその意味が強くなっているようです。

 

さすがに税制の権威が書かれたものということで、現在の税制については広く正確なものだったようです。しかし、税制というものが持つ可能性についてはさすがに無責任なことは書けなかったのでしょうか。

その可能性は大きなものがありそうです。それは自分で考えなければならないのでしょう。