爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「民族世界地図」浅井信雄著

国際政治ジャーナリストでテレビ出演もお見かけしていた浅井さんですが、昨年亡くなられたそうです。

この本は浅井さんが1997年に出版された世界各国の抱える民族問題について記述されています。

それから20年あまり経っていますが各地での民族紛争は終わるところを知らず、さらに中東での独裁政治打破の反作用としてタガが外れたように激化する一方で、それに宗教紛争も重なり収拾がつかない状況になってしまいました。

 

とはいえ、民族というものがどこでどう揉めているのか正確には知らないことのほうが多いように思います。この本はその基本情報を1項目あたり5-6ページでコンパクトに解説されており、それを知っておけば紛争のニュースが流れても一応のイメージは作ることができるのではないかと思います。

 

序文にはそもそも民族というものを定義できるかどうかから話が始まっています。人によりその説明は様々で民族の数も世界で5000程度というものもあり、10,000以上というものもあるという具合で曖昧なもののようです。

言語、宗教、血縁というものが主なキーワードですが、個々の民族によりその関与度合いも変わっており、旧ユーゴには宗教で区切られてイスラム族とかモスレム族と呼ばれた人々が居ましたが、血縁的には他の民族と近接していたようです。

ユダヤ人は遺伝的にはかなり複合的なものであることが知られていますが、イスラエルでは国家設立の際に「ユダヤ教徒の母から生まれたか、ユダヤ教に改宗した者で、他の宗教の信者でないもの」という定義を設けたそうです。これなども宗教を重視した民族定義でしょう。

 

本書には数十の民族が取り上げられていますが、20年たった今では問題は解決していると言えるものは一つもないようです。それだけ根深い問題なのでしょう。

最終章には日本も取り上げられています。

日本には民族問題はないと考える人もいるようですが、決してそうではないというのは明らかでしょう。

日本人の成り立ち自体が複合的であるのは間違いないのですが、言葉も宗教も現代ではかなり均一になっているのは確かです。しかし、アイヌは間違いなく異なる少数民族ですし、沖縄も火種を抱えていると言えるでしょう。

この本の出版時にはちょうどアメリカ兵の少女暴行事件が発生し反米、反本土感情が強まっていた時でした。現在は普天間基地移転問題でさらに混迷を深めており、民族感情に発展する可能性も無いとはいえないでしょう。

 

この本だけで民族問題を知ったような気ができるわけではないのですが、入門用としては有力なものです。現在をとらえた新版が著者の死によりもはや発行されることがないのが残念です。