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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

エネルギー使用量半減のための社会改革 5 その他のエネルギー

エネルギー文明論 政治経済 環境資源

石油は半減以上に減らすとしても他のエネルギーはそのままというわけには行きません。どのようなものを残していくかという点は重要な事です。

 

石炭は石油・天然ガスよりは残存量が多いと考えられています。しかし、石炭もその質のばらつきは石油以上に激しく、しかも良質なものから先に使われているので残されているものは粗悪なものばかりになります。それがどこまで使えるか、もしかすると相当量を使わないままに諦めなければならないかもしれません。

 

現在でも石炭火力発電の新設に対しては二酸化炭素温暖化という観点から批判を受けています。エネルギー枯渇の状況では二酸化炭素温暖化などはもはや重要ではないのですが、石炭燃焼の際の廃棄物の汚染というのは十分に大きな欠点になるでしょう。

それでも、今後当分の間の電力発電用の資源としては石炭に頼らざるを得ないものと考えます。

現在の発電は石炭の他に天然ガス、石油、原子力、水力、風力、太陽光、地熱等のものがありますが、発電量として意味があるのは最初の4つです。

石炭以外のものは資源量や危険性、エネルギーコストの面からできるだけ速やかに停止すべきものや、主流とはなり得ないものです。

電力使用も徐々に削減していかなければならないものですが、急激な減少はできるものではなく、その暫定的な供給源としては石炭火力発電がもっとも相応しいでしょう。

 

さらに、水力、風力、太陽光、原子力などはほとんど電気としてしかエネルギーを取り出すことができないのですが、石炭は燃焼する熱をそのまま使用することができます。

これは産業用としても民生用としても有効な点であり、石炭の利用を最後まで続けるということの意味を持つものです。

 

天然ガスは一部は自動車用燃料としても使われていますが、液化ガスとして熱源利用も重要な点です。しかし、天然ガスは石油の枯渇に先立って減少していくと見られていますのでいつまでも頼りにするわけには行きません。

 

水力、風力等は大規模な設備を必要とするものはこれ以上新設することは難しくなるかもしれません。建設エネルギーとそこから取り出すことができるエネルギーとが見合わなくなるからです。

一方、小規模な発電設備は利用価値があるかもしれません。家庭単位、町内会単位といった小規模発電装置には存在価値が出てくる可能性はあります。

太陽光発電は製造に要するエネルギーに比較して生産エネルギーが低すぎるという問題点、発電時間が短すぎるという点、発電量の変動が大きすぎるという点から存在価値は少ないでしょう。

蓄電装置を組み合わせるという話もありますが、そこまでやるとあまりにも投入エネルギーと資源が大きすぎ、産出エネルギーが少なすぎるということになります。

 

バイオマスはもっとも優れた植物は現在のところはサトウキビ、次いでとうもろこしとなるのでしょうが、こういった作物は今後は食料用として取っておいて頂きたい。エネルギー源などと考えていると食べるものがなくなります。

木材や草なども量的に合うはずもありません。あっという間に森林も消え去るでしょう。現在のエネルギー使用量というものがどれほど莫大なのかということを考えるべきです。

藻類が有望などという話もありますが、あまりにも希薄すぎるものです。魔法のランプなどあるはずもないという常識を働かせて見れば無理ということは分かります。

 

このように、今後のエネルギー供給を考えていくということは夢を見ることではありません。ほとんど乏しいものの中でどれだけ使えるかを考えていかなければなりません。

その将来を考えると、できるだけ早く、大きく使用量を削減していかなければならないことがはっきりとするだけです。