ちょっと前に少し怪しい中国崩壊論を読みましたが、本書は日本人で通商産業省から派遣されて中国の日本大使館で中国経済の調査にあたり、その後退官して中国についてのコンサルタントをされている著者の津上さんが観察してきた中国の社会経済についての分析であり、非常に程度の高いものであると感じます。
3年前の2013年出版ですが、最近の中国経済の混乱を予言したかのようなものになっており、今後の展開もこの通りになっていくという予想もできます。
ちょうど現在の習近平政権が発足した当時の話になりますが、その後のこの政権の進路は著者の想定の範囲内だったのでしょうか。近著があれば読んでみたいものです。
2015年になって中国の成長率に陰りが出たということになっていますが、本書の冒頭では実は2013年の5年前にはすでに中成長モードに入っていたということです。
人手不足により人件費コストの上昇が起こるとともに、土地や環境へのコストも増大しています。すでに過去の成長要因というものは全てピークアウトしており人件費や環境対策に注力しながら国民の生活レベルを上げて中成長をしていくべき時代になっています。
しかし、2008年のアメリカ発のリーマン・ショックの時に中国にも降りかかった経済落ち込みに対処するために中国政府は「4兆元投資」という大規模対策を実施しました。この事自体、私は知らなかったのですが、実に当時のレートで57兆円になる経済刺激策だったそうです。
その結果、うわべの成長は維持できました。しかし、その後遺症は社会の各部に大きく残っているようです。
現在の経済成長の急減速も結局はその対策の後遺症とも言えるものです。形だけ取り繕ったのが現実となったのでしょうか。
中期的な成長を目指す政策を取ろうとしても、中国には乗り越えがたい障害があります。
国家資本主義と言うもの自体がその障害となります。
中国ではいまだに国営企業やほとんどそれと同様の企業が経済の主流であり続けています。純粋に民営の企業というのはごく僅かでしかありません。
そこではかつてと同様に低い効率で操業している状況が続いています。さらに国営企業との競争ということも妨害が多く公正にはできないために市場競争自体が不可能になっています。
1990年代後半には市場競争を取り入れて競争力をつけようという、「国退民進」という動きがありました。しかし、現在では元の木阿弥でまたも「国進民退」という状況に陥ってしまいました。
特に、国営企業と一体となった地方政府の暴走ぶりはひどいもののようです。
市場経済ではなく「市長経済」となっています。政治権力と儲けとが一体となっています。
国有企業が国全体の利益というものの大半を獲得し、それが地方政府に流れている状況です。この利益を民間に還元するシステムができなければ正常な経済発展はありえないでしょう。
民営企業も業績を伸ばしていこうとするならば政府とのコネを結んでいかなければ不可能です。そのためには多額の金がかかることになります。
都市部と農村部の格差が拡大していることが大きな問題ですが、いまだに戸籍から分割されているという状態です。この矛盾が大きく、尖閣問題で反日暴動が起きた時もその実行者は農村からの出稼ぎ労働者たちでした。社会の大きな矛盾で下流に押し込められている人たちの恨みは強力なものであり、不安定要素でしょう。
つい先日、一人っ子政策の停止というのが発表されましたが、本書ではまだ継続中の段階でした。
少子高齢化というものが日本などとは比べ物にならないほど大規模に中国を襲うことになります。すでに始まっているようです。
しかし、中国では高齢者の年金というものがほとんど備わっていないそうです。
日本でも年金政策の不備というものが問題になりましたが、それでも年金積立残高は200兆円ほどはあるそうです。ところが中国ではそれが欠けています。今後老人が増加しても年金はほとんど出せず、さらに支えるべき現役世代は急激に減少します。社会として成り立っていかなくなりそうです。
中国のGDPがアメリカを抜いて一位になる時がやってくると言われてきました。しかし、著者はそれがまったく不可能であるばかりか、中国社会は崩壊の危険性もあるという見方です。
中国人観光客の増加と爆買で明け暮れたようなのが昨年だったのですが、この本を読むと中国の最後のあだ花のようにも感じられます。まだまだ大きなうねりもあるでしょうが、本書の記載の方向で進みそうに思えます。