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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

エネルギー使用量半減のための社会改革 3 エネルギー構成

エネルギー使用量を総計で表す場合に原油換算ということもよく行われますが、実際はその内容は様々なものを含んでいます。

資源エネルギー庁の資料によれば、2010年度の供給総量21.1(10の18ジュール)の内訳は、石油が40.0%、石炭が22.6%、天然ガスが19.2%、原子力が11.3%、水力と新エネルギーが4%程度ということです。

これらの中にはその用途が限られるものもあります。原子力、水力、新エネルギーの大部分は電力の形でしか使われません。

一方、自動車燃料はほとんどが石油、一部が天然ガスです。

石炭は発電にも使われますが、ボイラー用の熱源としても多く使われます。

 

これらをすべて一律に半減するべきではありません。供給状況と使用用途を考慮して決める必要があります。

 

石油は2015年より価格低迷が起こり、世界経済の不安状態醸成にまで至っていますが、長い目で見ればその供給は漸減していくのは間違いなく、価格高騰ばかりでなく供給量の減少も起きるでしょう。

しかし、石油は上述のように自動車燃料などとしては最も優れた特性があるものであり、なかなか代替できないものです。また化学工業原料としても代わるものがないものです。これを削減するためには社会の大変革が必要となります。いずれはそれを断行せざるを得ないのですが、それを視野に入れつつも緩やかな減少を図る必要があります。

とは言え、これも「取り掛からなければいつまで経っても変わらない」ものです。変革は始めなければなりません。

 

石炭は枯渇が石油よりはあとになりそうです。しばらくは熱源として依存せざるを得ない状況が続くでしょう。ただし、これも世界中がそうなるわけですので需要は集中し価格高騰は避けられないでしょう。

 

天然ガスは石油以上に供給量減少が急激に起こるようです。シェールガスも価格が高騰すれば開発の期待がかかるでしょうが、それも程度問題です。しかもその性状はあとになるほど低下し品質は悪化するでしょう。あまり頼りになるエネルギー源ではないはずです。

 

原子力放射性廃棄物の有効な処理方法が確立できない以上、これ以上の建設はできないでしょう。すぐに止めるという必要はないかもしれませんが、徐々に止めていくことになるでしょう。

 

新エネルギーと呼ばれるものはどれも得られるエネルギーに対して設備などにかかるエネルギーが大きすぎ、得られる正味のエネルギー量が少ないものです。部分的には使用可能でしょうが、社会が大きく依存することはできません。ただし、徹底的な低エネルギー社会になった時には幾分かは使えるかもしれません。

水力も巨大ダムが建設できるような状態は今後は来ないでしょう。しかし小型の水力発電機は設置する場所があちこちにありそうで、これも低エネルギー社会であれば可能性があります。

 

 いずれのエネルギーもその使用は社会の形そのものに大きな影響を与えてきました。したがって使用制限ということも同様に社会の変革を迫るものです。次からはそういった面にも触れていきましょう。