爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「階級の日本近代史」坂野潤治著

経済的格差が拡大していると言われていますが、それに対処する方策というものを強力に主張する政治勢力というものはほとんど無いかのようです。

実は戦後の革新勢力と呼ばれる人々は「自由」「平和」については精力的に活動してきましたが、「平等」についてはほとんど顧みることが無かったようです。

かえって、自民党政権の方が地方への資金還流という形でそれに当たってきました。

なお、「自由」「平和」についても革新勢力は自ら戦って勝ち取ったわけではなく、進駐軍からのプレゼントの日本国憲法に書いてありました。それを守ってきただけです。

 

しかし、経済的平等というものをないがしろにしてきたのは、戦後に始まったわけではなく、明治維新以降の政治運動でも政治的平等を勝ち取るための運動は行われても、経済的平等、格差削減ということはほとんど考えられることもありませんでした。

こういった経緯について、日本近代政治史専攻の東京大学名誉教授の坂野さんが詳細に明治維新以降の政治史を解説されているのが本書です。

 

読んでみて、いかに自分の明治以降の政治体制の歴史について知識を持たないかと言うことにあきれました。政友会や民政党といった政党名は聞いたことがあってもその性格などはまったく分かっていませんでしたし、515、226の事件と政党政治の関係ということも不明でした。

もう少し勉強しておかなければならないことなのでしょう。

 

明治初期の民権運動の担い手の多くは元武士の士族でしたが、そのほとんどは秩禄処分でほとんど収入を失い、経済的には苦しいものでした。

一方、平民であっても農村の地主階級は収入も安定しておりその当時の税金の主であった地租を負担している人々でした。これらを徳富蘇峰は「田舎紳士」と呼んでいます。とはいっても侮蔑的な意味は無く、イギリスのカントリージェントルマンに比定して尊敬の意味を込めて使っています。

 

国会開設を求める運動と言うのは、それが納税額で資格を定める制限選挙である限り、当時はそのほとんどを占めていた田舎紳士、つまり農村地主階級の政治となるべきものでした。

その代表の議員たちが決める政策として、地租の軽減と酒税やタバコ税の創設というものが行われますが、これは金持ち優遇税制の最たるもので、現在の所得税法人税の軽減と消費税増税のセットとまったく同様の意味を持つものでした。

 

たびたび選挙制度改革が進み、1925年には男子普通選挙が実施されることになりました。

小作農や都市労働者、都市中間層が新たに選挙権を得たのですが、その選挙で選ばれたのは相も変わらず政友会や民政党であり、労働者利益を打ち出した社会大衆党(またはその前身)にはほとんど票は集まりませんでした。

政治的平等を実現することには熱心だったのですが、経済的平等を政治を通じて実現するということには全く関心がもたれなかったようです。

 

その後、徐々に社会主義政党にも目が向くようになったのですが、ちょうどそのころに軍部の勢力拡大が起きてしまいます。

臨戦態勢に向かう国家総動員法により、挙国一致体制ができますが、このために国内の格差と言うものは一時的に縮小することになります。

これを重要視する歴史研究者もいるということですが、著者はこれには賛同できないという立場です。少なくとも「総力戦」なるもので泥沼化させた近衛内閣が格差是正に努めたということはできないでしょう。

 

まとめとして述べられているのは、「平等」を忘れた「自由」と「平和」だけへの専心には著者は批判的です。

「明治デモクラシー」が「国会」を作り、「大正デモクラシー」が「普通選挙制」を作ったのですが、「昭和デモクラシー」の課題は「社会的格差を是正する」ことであるべきでした。

うまく行かなかったようです。

 

現在の状況もまったく本書に書かれた明治から昭和初期までのものと大差がないようです。

自分たちのための政策などまったく取ろうとしない政党に投票するという愚かな行動をしてしまっています。その挙句、戦争しか出口が無いということにならなければ良いのですが。