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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

エネルギー消費量半減のための社会改革 1

エネルギー文明論 政治経済 環境資源

地球温暖化防止のために化石燃料使用量を削減するとか、原発の危険性回避のために廃止とか、エネルギーに関わる問題は山積していますが、それについての意識が高まっているようです。

しかし、それを実現するための方策として挙げられているものは再生可能エネルギーへの転換や、天然ガス発電増加とか、何らかの代替エネルギーに頼るばかりで、まさにその状態は思考停止に陥っているかのようです。

 

化石燃料原子力エネルギーの使用をできるだけ削減していこうという方向は今後の人類社会を安定化させるためにも必須のことなのですが、しかし自らのエネルギー使用量は減らしたくないというのはあまりにも虫が良すぎます。

エネルギー使用の増加で便利で快適な生活を手に入れてきたのが現代の人類です。(これを私は「エネルギー依存文明」と呼んでいます)しかし、エネルギーの供給と使用に危険性があるということが既に判明している以上、便利さ・快適さを犠牲にしてでもエネルギー使用の削減に向かうというのは避けられないことです。

 

しかし、ここで言っている意味でのエネルギー使用削減というのは、よく言われる省エネのためにコンセントを抜きましょうとか、できるだけ自動車の使用を控えましょうなどという甘いものでは追いつきません。もっと人々の生活自体を変えなければならないほどの変革を覚悟しなければなりません。そこまでしなければ温暖化防止も原発廃止もできないものだと言うことを自覚することから始める必要があります。

 

日本全体のエネルギー国内供給量は2011年で21147PJ(PJは1兆J)だそうです。

日本の供給量のこれまでの推移を見ていくと、終戦後には非常に低いものであったものが高度成長期にはどんどんと上昇していきます。1965年東京オリンピックの翌年には6380PJでした。しかし、それが2回の石油ショックでブレーキを掛けられます。

それを脱してバブル時期に再び上昇に転じますが、バブル景気の時期の少しあとの2000年に最大値の22760PJを取り、その後は横ばいか少しずつ減っているようです。

 

脱エネルギー社会の究極の目標は降り注いでくる太陽エネルギーの範囲内で暮らすことであり、それが「究極の持続社会」なのですが、当面はこれまでに蓄えられているエネルギー(化石燃料原子力エネルギー)を徐々に使いながらエネルギー文明を減速させていくことになるでしょう。

しかし、そのような貯蓄エネルギー(ほぼ化石エネルギー)も無尽蔵であるはずもなく、それどころか枯渇ということも視野に入ってくるようになりました。(もちろん、目の悪い、想像力の乏しい人の視野にはまだ入っていませんが)

そうなると減速スピードもそれほどゆっくりとしていくわけには行きません。

 

とりあえずこれまでの年間最高使用量の半量、を目指すことが直近の目標でしょう。

これは1970年頃の使用量に当たります。当時は私は高校生、ちょうど大阪で万博が開かれた年で、科学万能の世界の将来に誰も疑問も持たずに豊かな未来を夢見ていました。

とは言え、それは当時の生活水準にそのまま戻すということではありません。技術の様相はまったく変わっており社会の構造自体も異なっています。

この現在の社会からどういった改革をしていけば良いのか。もちろん単にエネルギー使用量だけの話ではなく、現在の世界の情勢も十分に考慮しながら考えていかなければ実施の可能性どころか議論の価値も無いということになるでしょう。

 

そういった点を、簡単には形にもできないでしょうがあれこれ提示していきたいと思います。(続く)